「好きなことをカタチに」実直に歩む経営
株式会社横浜ディスプレイサービス 代表取締役 三和浩之氏

変化の激しい時代に、新たな価値を創り出し、未来を切り拓こうと挑む人たちがいます。
既存の枠を越え、変革を起こす意志と行動力を持つ“イノベーター”たち。
「イノベーターの視点」は、イノベーションズアイ代表・加藤俊之が、その発想の原点や挑戦の背景、そして変革を支える戦略や思想に迫る対談シリーズです。
自動車整備士や父の会社での経験を経て独立、「好きなことをどうカタチにしていくか」を軸に事業を成長させてきた。新型コロナウイルス禍で仕事が激減する中でも「社員を守る」姿勢を貫き、危機を乗り越えた。現在は環境配慮型カーペットの開発に取り組むなど社会課題に向き合っている。弟への事業承継とプロレーシングチーム設立という新たな目標も掲げる。
好きから始まった進路と自立

――どんな子どもでしたか。
面白そうだと感じたものには、すぐ手を伸ばしてしまうタイプでした。自分では飽きっぽいと思っていましたが、実際には一つのことに執着すると、周りがやめても最後まで続けてしまうことが多かったです。
小さい頃はF1レーサーに憧れ、高校生のときにオートバイの免許を取るとすぐに乗り始めました。バイクも好きでしたが、それ以上にエンジンや機械そのものが好きで、実際にいじることもありました。
――どんな家庭環境でしたか。
父は展示会やイベントの空間づくりに関わる会社に勤めていて、1964年の東京オリンピック、72年の札幌オリンピック、それと70年の大阪万博に携わりました。子どもの頃は会場の舞台裏に連れて行かれ、そうした現場を身近に感じながら育ちました。
高校2年生のとき、父がこの業界で会社を立ち上げることになり、母と弟を連れて大阪へ戻ることになりました。両親は大阪出身ですが、自分は東京生まれ東京育ち。そのため東京に残り、一人暮らしを始めました。それもあってか、自分のことは自分で決めてやる、そんな感覚が自然と身についていった気がします。
――高校卒業後は。
高校時代にエンジンや機械いじりが好きだった流れで、自動車整備の学校に進学しました。整備士の資格を取得してトヨタ自動車に整備士として入社し、7年間勤務しました。現場では整備技術だけでなく、仕事の進め方や判断力も身につき、マネージャークラスの立場も経験しました。当時はこのまま整備の道を進むつもりで、転職はまったく考えていませんでした。将来もそのまま続けていくのが自然だと思っていました。
続ける決断と守る覚悟
――にもかかわらず父親の会社に入りました。
父から「仕事を一緒にやってくれ」と言われたのがきっかけです。最初は断っていました。3〜4年はその状態が続いたと思います。トヨタでそのまま働くつもりでしたし、転職する気もまったくありませんでした。
ただ、このまま断り続けていいのかという気持ちが次第に強くなり、最終的には父の会社に入ることを決めました。安定した大企業から移ることに不安はありましたが、一度決めた以上はやるしかない、という気持ちでした。
――その後、起業したのはなぜですか。
父の会社で長く働いていましたが、あるとき父が「会社を畳みたい」という決断を下しました。その意思は尊重しつつも、仕事にやりがいを感じていて、このまま続けたいという思いもありました。そこで2008年に横浜ディスプレイサービスを立ち上げ、この仕事を続けていく道を選びました。
――創業時に苦労したことは何でしたか。

やはり資金面です。父の会社から引き継ぐ資材は、自分の会社が買い取らなければなりませんでした。金額にすると2000万円規模でした。経営者になるというのは、給料をもらう立場とはまったく違います。お金を集めることも、責任を負うことも、全部自分でやらなければいけない。その厳しさを最初に痛感しました。
――事業は順調に推移しましたか。
創業当初は資金繰りに苦労しましたが、事業自体は順調に伸びていきました。10年ほどは毎年増収を続け、7年目には現在の社屋(横浜市都筑区)を購入することができました。
ただ、コロナ禍で状況が一変しました。展示会やイベントはリアルの場が中心なので、仕事の8割から9割がなくなりました。本当に厳しかったですね。
――その危機をどのように乗り越えましたか。
社員の給料は何が何でも減らしたくありませんでした。ボーナスも生活給の一部になっていますから、それをなくすと社員の生活も厳しくなります。そのため助成金や融資など、使えるものはすべて活用しました。ギリギリの状況でしたが、結果的にボーナスもなくさずに乗り切ることができました。
コロナ禍が落ち着き、展示会やイベントが再開されたとき、対応できる人材が残っていたことは大きかったです。同業他社の中には、人員削減を余儀なくされたり、倒産に至ったりするところもありました。厳しい状況でしたが、雇用を維持したことで、戻ってきた仕事をこなすことができました。社員を守れたからだと思います。
好きなことをカタチにするという軸
――環境配慮型のカーペット開発に取り組んでいるそうですね。
はい。展示会で使うカーペットは基本的に石油由来で、その多くが使い捨てで廃棄されています。SDGsやカーボンニュートラルが言われるようになったときに、「これは環境負荷が大きいのではないか、何とかできないか」と考え、完全に生分解するカーペットの開発に乗り出しました。
ただ、カーペットには強度や防炎性能も求められます。この両立が非常に難しい。一部だけを生分解性にする方法もありますが、それでは意味がありません。何が何でも、すべてを生分解でつくるという方針で取り組んでいます。
完成したとしてもすぐに収益につながるものではありません。それでも、自分たちの仕事と密接に関わる課題を見て見ぬふりはできません。社会課題の解決に本気で向き合う以上、カタチにしたいと思っています。
――ホームページに「好きなことをカタチに」という言葉がありますが。
単に趣味をそのまま仕事にしようという意味ではありません。自分が本当に大事だと思えること、解決したいと思えることに実直に向き合い、その結果としてカタチにしていこうという考え方です。
以前からホームページに掲げていましたが、最近はそれをきちんと言語化し、社員にも「うちはこういう会社なんだ」と伝えるようにしています。それによって自分の中でも、会社としての軸がよりはっきりしてきた感覚があります。
――仕事以外で日常的に行っていることはありますか。
高校生のときに免許を取ってからずっとバイクに乗っています。年に数回、レースにも出ていますし、今年はレジェンドレーサーのフレディ・スペンサーと一緒に走る予定です。好きだから続いていますし、続けているから生活の一部になっています。仕事と同じで、生活から切り離されたものではなく、すべてつながっている感覚です。
また、週4回は走るようにしています。最初はバイクを乗り続けるために持久力をつけようと思って始めたのですが、ストレス解消にもなりますし、仕事にも役立っていると感じています。走るようになってから、現場での持久力が明らかに向上しました。以前は忙しい現場では立っているのも辛かったのですが、今ではまったく苦にならなくなりました。
――これからの目標は。
ひとつは会社のことです。7歳下の弟がいますが、できるだけ近いうちに引き継がせたいと思っています。自分も60歳になり、弟も年齢を重ねてきているので、そろそろ本格的に任せていかなければいけないと感じています。いつまでも自分が前に出るより、最近は弟に任せた方がいいのではないかと思うようになってきました。できれば65歳くらいでひと区切りつけたいと考えています。
もうひとつは個人的な目標です。実は、プロのレーシングチームをつくりたいと思っています。自分がライダーとしてバイクに乗るのではなく、監督や運営の立場で関わりたいです。去年、バイクで転倒して骨折した際に、周りから「もう乗る側ではなく、やるなら監督だろう」と言われました。その言葉をきっかけに、本当にやってみたいと思うようになりました。プロのライダーやメカニックの知り合いもいますので、まずは小さなレースから参加し、少しずつカタチにしていけたらと考えています。
――最後に、これまでの経験から大切だと思っていることを教えてください。
もし人生をやり直せるなら、中学生に戻って死ぬほど勉強したいですね。今の人生を否定しているわけではありませんが、若い頃にもっと勉強していれば、選べる道はもっと広がっていたと思うんです。いい大学やいい会社に入ること自体が目的ではなく、選択肢を増やすという意味で、学ぶことは大事です。
そのうえで、自分が本当に好きなこと、やりたいことを見つけられたなら、それは大きな強みになります。大切なのは、好きなことをただ好きで終わらせず、どうカタチにしていくかだと思います。それが一番大切だと考えています。

株式会社横浜ディスプレイサービス 代表取締役 三和浩之
1965年・東京生まれ、トヨタ自動車整備士、父親が経営する展示会・イベント関連会社を経て、2008年横浜ディスプレイサービスを設立し代表取締役就任。
『“好きなこと” を 「カタチ」 に。』を掲げ、多種多様なセールスプロモーションのパートナーとして空間づくりの創造に取り組む。
趣味はオートバイ、レースにも出場する。
イノベーションズアイ株式会社 代表取締役 加藤俊之
1968年生まれ・茨城県出身。大学卒業後、証券会社、IT企業、物流企業、政府系プロジェクトを経て、2006年にイノベーションズアイ株式会社(現在)を設立し代表取締役に就任。グローバルベンチャー、ローカルベンチャー、大学発ベンチャー、日本のものづくりを卓越した技能で支える中小企業など、多様なイノベーターと向き合ってきた。「未来を創る企業を増やす」を使命に、「発掘×発信×発展」を事業コンセプトとしたビジネスプラットフォームの創造に取り組んでいる。