【対談】イノベーターの視点

「納得するまで、突き詰める」 美容・健康・文化を世界へつなぐ挑戦

株式会社uA 代表取締役 臼倉斉史

「納得するまで、突き詰める」 美容・健康・文化を世界へつなぐ挑戦

変化の激しい時代に、新たな価値を創り出し、未来を切り拓こうと挑む人たちがいます。
既存の枠を越え、変革を起こす意志と行動力を持つ“イノベーター”たち。

「イノベーターの視点」は、イノベーションズアイ代表・加藤俊之が、その発想の原点や挑戦の背景、そして変革を支える戦略や思想に迫る対談シリーズです。

第14回は、美容師としてのプロを突き詰めるだけでなく、教育、ウェルネス、そして海外へと事業領域を広げるuA(ウーア)の臼倉斉史代表取締役。
幼少期からの「負けたくない」という感覚と、徹底的にやり切る姿勢を軸に、美容の道へ進んだ。技術と理論を極めた先に見出したのは、「人を変える」という美容の本質だった。業界の構造に違和感を抱き起業。働き方や評価のあり方に変革をもたらしながら、美容・健康・文化を通じて新しい価値を生み出す事業を展開する。目指すは世界だ。

逃げずにやり切る

――どんな子どもでしたか。

とにかくしゃべるのが好きな子どもでした。友達と話すことに夢中になって、お昼ご飯を食べるのを忘れてしまうくらいでした。人前に出るのは得意なほうではなかったのですが、「どうせやるなら主役をやりたい」という気持ちは昔から強かったです。 ただ、体はあまり強くありませんでした。風邪をひきやすく、他の子より休むことが多かった。だから「弱い自分をどうにかしたい」という思いはありました。

――そのために打ち込んだものはありましたか。

小学1年生のとき、近所の方に誘われて野球を始めました。ただ、最初は体も弱いし、足も遅いので、ずっと補欠でした。それでも、一度やると言ったことを投げ出したくありませんでした。負けるのも嫌でしたし、逃げたように見えるのはもっと嫌でした。

中学でも野球を続けました。自分にとっては「野球がやりたい」というより、「ここで負けたくない」という気持ちのほうが強かったかもしれません。

――どんな両親でしたか。

母は、好きなことをやったらいいというスタンスで見守ってくれていました。自由にさせながら、必要なところではちゃんと応援してくれる。自主性を尊重しながら、必要な場面では的確に支えてくれる存在だったと思います。

父は食品関係のバイヤーで、海外を飛び回る仕事をしていました。百貨店の食品売り場に関わっていたこともあって、家にはお中元やお歳暮の時期になるとさまざまな食品が届いていました。そうした環境下で育ったので、自然と「食」そのものや、その背景にある「文化」に触れる機会が多くありました。今考えると、その経験が美容だけに限らず食や健康、文化など幅広い領域への関心につながっているのだと思います。父の影響は大きかったですね。

美容との出会いと決断

――美容の道に進もうと決意したきっかけは。

中学最後の頃に肩を壊して、野球を続けるのが難しくなりました。高校ではバスケットボールに転じたのですが、それまで坊主頭だった髪を伸ばし始めたときでもあり、自分の髪型に興味を持つようになりました。美容室に行くようになって、少しずつ「髪を整えること」に惹かれていきました。

本格的に美容の道を考え始めたのは、高校1年の冬に友人の髪を切ったことです。自習時間に、半分悪ふざけのような流れで、友人の髪を整えることになりました。それから、その友人が髪にワックスをつけるようになり、しばらくして彼女ができたんです。そのときに、髪を切るということは見た目を変えるだけではなく、その人を勇気づけたり人生に影響を与えたりする仕事なんだと感じました。 それから直ぐに美容室でアルバイトを始めました。免許はないので、見習いや受付として現場に入り、美容の仕事を実地で学んでいきました。

――美容の世界に入ることに迷いはありませんでしたか。

親族はいわゆる高学歴の人が多く、高校卒業後は大学進学が当たり前の空気がありました。当然そちらの道を期待されましたが、自分の中では、勉強そのものの意味が見えませんでした。一方で、美容には「人を変える」力があるという実感がありました。

だから、美容の道に進むことに迷いはありませんでした。周囲がどう考えるかより、自分が納得できるかどうか。そこを基準にしました。

――選んだのが美容専門学校への進学でした。

学費は自分で工面しました。専門学校の費用は決して安くなかったですが、昼は美容室でアルバイトをしながら、夜は学校に通う生活でした。父親に反対されたこともあり、「やりたいことは自分で何とかする」という思いが強くありました。

あの時期は大変でしたが、この道でやっていくという覚悟がはっきりと定まりました。

結果で証明する覚悟

――どんな専門学校生でしたか。

「先生になりませんか」と声をかけてもらえるくらい成績は良かったです。ですから卒業後はそのまま母校に入り、見習いを経て若いうちから教壇に立ちました。

ただ、最初から教員一本でやっていこうと決めていたわけではありませんでした。平日は教壇に立ち、土日は美容室で働く。ほとんど休みのない生活でした。

美容師だと言うなら技術も理論も、誰よりも極めなければいけない。教える立場ならなおさらです。休日を楽しみに何となく仕事をするという感覚は、自分にはどうしても許せませんでした。

――向上心が強かったんですね。その後の転機は。

専門学校の教員として教えながら、現場でも働いていましたが、「自分は美容師です」と胸を張って言えるだけのものが欲しかったです。だったら、誰が見ても分かる結果を出すしかない。そう考えて、2015年にAPHCA(Asia Pacific Hairdressers & Cosmetologists Association)主催の「アジア環太平洋ヘア&メイク オリンピック」に出場しました。

その結果、クリエイティブヘアカラー部門で優勝することができました。この経験を通じて、ようやく自分の中でも「これで美容師だと言い切れる」という実感を持てました。

――「突き詰める」姿勢は、昔から変わらないのですね。

変わらないですね。必要だと思ったことは徹底的にやります。目の前の課題を解決するためなら、本も読むし、理論も詰め、実践も重ねる。逆に言えば、納得できないまま進むことができないんです。

美容の技術も同じで、感覚だけではなく、なぜそうなるかを理解しないと先に進めない。結果が出るまでやり切るし、言い切るのであれば、それに見合うだけのものを積み上げる。その繰り返しだったと思います。

起業に込めた想い

――起業の背景を教えてください。

30歳くらいから、自分の店を持ちたいと思うようになりました。実際に形になったのは33歳のときです。ただ、店を持つこと自体が目的ではありませんでした。20代の頃からずっと、美容業界を変えたいという思いがありました。

業界の中には、実力とは別のところで上下関係が決まったり、若い人が正当に評価されにくかったりする空気がありました。その違和感を変えたいという思いが、起業の背景にありました。

――どのように美容業界を変えようと思いましたか。

美容業界を変えるのであれば、サービスだけではなく、働く環境そのものも変えなければいけないと思いました。働く人が疲弊していたら意味がないと思っていたからです。柔軟な働き方や、頑張った人が正当に報われる仕組みを重視しています。

若い世代がこの業界に希望を持てるかどうかは、そこで働く未来を描けるかにかかっています。技術を磨けば道が開ける、挑戦すれば可能性が広がる。そう思える環境をつくりたい。それが経営者としての自分の仕事です。

――美容の本質をどう捉えていますか。

自分の中でずっと変わらないのは、「人がステップアップしていくこと」に面白さを感じる点です。美容そのものが目的というより、美容を通じて、その人が前向きに変わっていく。その変化を生み出すことに価値を感じています。

髪型を変える、見た目を整えるというのは、その入口にすぎません。その先で、その人が自信をもち、行動が変わっていくことがあります。高校時代に友人の髪を切ったときに感じたことも、すべてそこにつながっています。

――だからこそ、事業もサロンの枠にとどまらないのですね。

そうですね。外見だけを整えるのではなく、その人がどう生きるか、どう働くか、どう健康でいるかまで含めて捉えています。そうすると、サロンだけでは完結しません。

会社の事業もウェルネス、教育、海外戦略、映像・メディアといった領域へ広がっています。そこに共通しているのは、美容・健康・文化を通じて、人や社会の可能性を現実にしていくという発想です。

美容、健康、文化を世界へつなぐ

――会社はどこを目指していますか。

もはや美容室を運営する会社という枠にとどまりません。ウェルネス事業では、解剖学や栄養などの学びも含めて提供していますし、商品開発や教育支援も行っています。

会社として目指しているのは、美容・健康・文化を切り分けるのではなく、もう一度結び直すことです。だから社名のuAには“Universal Alliance”という意味を重ねています。自分たちだけで完結するのではなく、さまざまな領域の専門家と組みながら、新しい価値を生み出していきたいと考えています。

――海外展開については、どんな構想を描いていますか。

日本は人口減少が進みます。一方で、人口が増え、これから経済が伸びていく地域は確実にあります。そうした中で、自分は日本の美容・健康・文化の強みをつないでいく“ブリッジビルダー”でありたいと考えています。

起点としているのが中央アジアのアゼルバイジャンです。そこからウズベキスタン、トルコ、カザフスタン、ジョージアへと広げていく構想を描いています。会社としても、国際イベントや文化発信を含めた海外戦略を打ち出しており、日本の美容・健康・文化を現地とともに育てていく取り組みを進めています。

――単なる海外進出とは違うものですか。

はい、違います。海外に商品を売るだけであれば、もっと単純なやり方があるかもしれません。ですが、目指しているのは、日本の価値を一方的に持ち込むことではなく、現地とつながりながら新しい価値を生み出すことです。そこに美容があり、健康があり、文化がある。そういう形で世界と向き合っていきたいと思っています。

――最後に、これから目指していることを教えてください。

自分の目標は、次の世代の希望になることです。美容業界に身を置く人は業界内だけで可能性を決めるのではなく、もっと広い世界に目を向けてほしい。日本の外にも挑戦できる場所は数多くあります。そのことを、自分の行動で示していきたいと思っています。

美容という仕事は、見た目を整えるだけのものではありません。人の自信をつくり、人生を前に進める力があります。そして、その価値は日本の中だけにとどまるものでもありません。納得するまで突き詰め、結果で示し、次の挑戦へ進む。その価値を広めていきたいと考えています。

株式会社uA 代表取締役 臼倉斉史

2007年より日本美容専門学校 教務部に勤務し、美容実習・美容技術理論の指導に従事。新人スタッフへの技術指導や専門知識教育にも携わる。
2009年にはVIDAL SASSOON TEACHERS TRAINING(ロンドン・日本)にて、美容インストラクターとしての指導技術と理論を習得。
2014年、パーソナルスタイリストジャパン卒業。2015年、APHCA主催「アジア環太平洋ヘア&メイク オリンピック」クリエイティブヘアカラー部門で優勝。
2016年、株式会社uAを設立し、代官山にヘアサロン「Hair Make il」をオープン。
2017・2018年には「Asia International Collection」にてクリエイティブディレクターを務める。
2023年、恵比寿にリバースエイジングサロン「RASS」を設立し、反転美容®・AirSerum®事業を始動。
2024年より国内外で美容講習活動を展開。
2025年、「THE JAPAN ESSENCE GLOBAL EXPO 2026」主催・実行委員会委員長を務めると共に、「2026 Miss SAKE Azerbaijan」ブランドパートナーに就任。さらに、Universal Alliance MMC(アゼルバイジャン法人)を設立。
著書:プロのための「細胞」と「美容」入門 〜次世代の美容室・鍼灸院・エステサロンが押さえておきたいこと〜

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イノベーションズアイ株式会社 代表取締役 加藤俊之

1968年生まれ・茨城県出身。大学卒業後、証券会社、IT企業、物流企業、政府系プロジェクトを経て、2006年にイノベーションズアイ株式会社(現在)を設立し代表取締役に就任。グローバルベンチャー、ローカルベンチャー、大学発ベンチャー、日本のものづくりを卓越した技能で支える中小企業など、多様なイノベーターと向き合ってきた。「未来を創る企業を増やす」を使命に、「発掘×発信×発展」を事業コンセプトとしたビジネスプラットフォームの創造に取り組んでいる。

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