【対談】イノベーターの視点

金融営業20年の結論「商品を売らない相続ビジネス」で人生を繋ぐ

株式会社繋ぐコンサルタントオフィス 代表取締役 松本恵

金融営業20年の結論「商品を売らない相続ビジネス」で人生を繋ぐ

変化の激しい時代に、新たな価値を創り出し、未来を切り拓こうと挑む人たちがいます。
既存の枠を越え、変革を起こす意志と行動力を持つ“イノベーター”たち。

「イノベーターの視点」は、イノベーションズアイ代表・加藤俊之が、その発想の原点や挑戦の背景、そして変革を支える戦略や思想に迫る対談シリーズです。

第11回は、金融業界でトップセールスとして活躍してきた松本恵氏。その経験を生かし相続に特化したコンサルティングオフィスを立ち上げた。
金融の最前線でキャリアを積むうちに「金融商品を売ることで本当に顧客の人生は良くなっているのか」という疑問を抱くようになった。銀行、信託銀行、証券会社、生命保険会社で20年以上にわたり活動して辿り着いたのが「商品を売らない相続ビジネス」。相続で相談に来る顧客に100%寄り添うコンサルティングだ。高齢化社会の課題に向き合いながら、「相続」を単なる財産承継ではなく“人生を繋ぐ準備”として捉え直す活動を全国に広げている。幼少期の経験から金融業界でのキャリア、そして起業に至るまでの歩みと、その事業に込めた思いについて話を聞いた。

幼少期の経験、そして人生を変えた恩師

――どのような子どもでしたか。

私は一人っ子ですが、家庭環境は決して良いとは言えませんでした。家では父と母の口論が絶えず、幼いころから落ち着かない空気の中で過ごしていました。

子どもですから誰かに相談したいと思っても、なかなかできません。そのため、「自分で受け止めて、自分で考える」という習慣が自然と身についていきました。

8歳のとき、両親は離婚しました。母が突然、私の手を引いて家を出たのです。私にとって父も母も大好きな存在でしたので、その出来事はとても大きな衝撃でした。

――衝撃をどのように乗り越えたのですか。

小学生の頃は走るのが速かったこともあり、自分の存在を認めてくれるのがスポーツでした。中学校で陸上部に入り、ハードル競技に出会いました。

ただ、そこに至るまでには少し遠回りもしました。思春期のころ、自分の家庭環境を周囲と比べてしまい、「どうして自分だけ違うのだろう」と考えることが増えたのです。その結果、一時期学校に行かなくなり、不良グループとつるんでいた時期もありました。

――そこからどうして陸上に戻ることができたのですか。

顧問の先生の存在です。先生が毎日家に来て、「部活に来い」と声をかけ続けてくれました。

最初は正直、仕方なくグラウンドに戻ったんです。しかし練習を続けるうちに記録が伸び、先生が本当に喜んでくれました。その姿を見たとき、「努力するとはこういうことなのか」と初めて実感しました。

結果としてインターハイに出場し、全国大会のファイナリストにもなりました。あの先生との出会いがなければ、今の私はなかったと思います。

――高校でも陸上を続けましたか。

はい。高校でも陸上競技を続け、競技中心の生活を送っていました。当時は体育大学への進学も考えていました。大学から声を掛けていただくこともありました。

しかしその頃、母の再婚相手である父が大きな病気を患い、家庭の状況が大きく変わりました。母は進学に関する知識はほとんどなく、奨学金制度のことも分かりませんでした。

大学から実際に誘われましたが、家庭の事情から進学ではなく働く道を選びました。正直、大学に行きたいという思いも強かったのですが、「まずは働こう」と決断しました。

スポーツ業界から金融業界へ

――そこから社会人生活が始まるわけですね。

最初に就職したのがスポーツクラブでした。競技の世界にいましたので、そのままスポーツに関わる仕事に進んだ形です。

スポーツクラブではスイミングコーチとして、子どもや初心者の方、障がいのある方など、さまざまな方に泳ぎを教える仕事に携わりました。

その後、スポーツ用品会社に転職し、14年ほど働きました。店舗の店長として売り場づくりや販売戦略にも関わるようになりました。

――ビジネスの面白さを感じていたのではないですか。

そうですね。例えば当時はまだ珍しかったNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション、北米の男子プロバスケットボールリーグ)やNFL(ナショナル・フットボール・リーグ、米国のプロフットボールリーグ)のグッズの仕入れを会社に提案し、店舗に並べたところ売り上げが大きく伸びたことがあります。

「こうしたら面白いのではないか」と考え、それを実際にやってみる。そして結果が出る。そのプロセスがとても面白いと感じていました。

――金融業界に移った理由は。

結婚と出産を機に一度仕事を辞め、専業主婦になりました。しかし主人の会社が突然なくなり、家計を支える必要が出てきました。

仕事を探しましたが、当時は景気が悪く30社近く応募しても採用されませんでした。そんな中で三井住友銀行に就職できました。

金融業界を目指していたわけではなく、結果としてそこに入ることになったというのが正直なところです。

――初めての世界ですが、どんな経験をしましたか。

最初はまったく未知の世界でしたが、とにかくお客様訪問に力を入れました。それまでの人生で経験したことがないほど多くのお客様を回りました。

数を重ねるうちに、「数を打てば結果につながる」ということを体感として理解できるようになりました。

その後、三菱UFJ信託銀行、野村証券とキャリアを進め、営業として成果を上げることができました。

――最後は生命保険会社でしたね。

当時、長男が陸上競技をしていましたが、成績は伸び悩んでいました。そんな中でも「どうしても全国大会に行きたい」と相談してきました。

私自身も陸上選手でしたので、その気持ちはよく分かりました。そこで息子の練習をサポートするため、働き方を変える決断をしました。

証券会社の仕事は忙しかったので、時間の調整がしやすいフルコミッション(完全歩合制)型の契約で生命保険会社に転職しました。

自分の中でルールを決め、10時から16時までに仕事を集中させるなど工夫しました。空いた時間を使って息子に教えました。親子で努力を続けた甲斐があって、最終的には国体(国民体育大会、現国民スポーツ大会)に出場するまでになりました。

人生を繋ぐ仕事

――金融業界を辞めて起業を決意しました。その理由は。

金融業界で20年以上働く中で、次第に違和感を持つようになりました。

金融商品を売る仕事をしていると、お客様が「松本さんだから買うよ」と言ってくださることが多かったんです。それはありがたいことですが、「それは本当にお客様のためなのだろうか」と考えるようになりました。また、高齢のお客様が抱える問題にも直面しました。独居の方や家族関係に悩む方など、金融商品の紹介だけでは解決できない課題が多くありました。

そこで、「売ることを前提にしない相談」を仕事にしようと考えました。

相続というと、財産の問題と捉えられがちですが、本当に大切なのは「生きる準備」です。「人生をどう整えていくのか」。その相談に応じることが、結果として相続対策にもつながるのです。

――どのような事業ですか。

相続相談を中心としたコンサルティング事業です。相続というと「財産の分け方」や「税金対策」といったイメージが強いと思いますが、私たちはそれだけではなく、人生全体を見据えた相談業務を行っています。

相続は、単に財産承継ではありません。その人が生きてきた証を次の世代につないでいくものだと考えています。だからこそ、本人や家族の状況を丁寧にヒアリングしながら、「どのように想いを繋いでいくのか」を一緒に考えていきます。

相続相談は100人いれば100通りです。家族関係や資産状況、どのような人生を送ってきたのかという背景もそれぞれ違います。そのため、まずはじっくりと話を聞き、表面に見えている問題だけでなく、背景にある課題も整理していきます。

――全国にネットワークを広げているそうですね。

「繋ぐ相続サロン」という全国組織を運営しています。現在は全国50事業者のネットワークになりました。

相続の問題は、「どこに相談したらいいのか分からない」という方がとても多い。税理士なのか、弁護士なのか、銀行なのか、それとも保険会社なのか。最初の窓口が分からず、問題を先延ばしにしてしまうケースが少なくありません。

そこで私たちは、まず相談を受け止める“最初の窓口”として機能することを大切にしています。そして必要な専門家と連携しながら、問題の解決に向けて伴走していく仕組みをつくっています。まずはこの50拠点をブランドとして育て、その先に100拠点規模を目指しています。

――繋ぐ相続サロンの特徴は。

相談そのものに特化していることです。一般的な相続ビジネスは、金融商品の販売や不動産取引につながるケースが多いのですが、私たちは特定の商品を提供することを前提にしていません。

あくまで相談者の立場に立ち、必要な選択肢を整理することを役割としています。その中で、税理士や弁護士、不動産会社、金融機関など多くの専門家と連携しながら、最適な解決策を提案していきます。

こうした「相談業」に特化した新しい職種として、私たちは「相続相談の専門家」という役割を提案し、全国に広げていこうとしています。

――これからの目標を教えてください。

私たちが目指しているのは、相続対策だけではありません。人生の終盤を迎える方が「心置きなく生ききること」ができるようサポートすることです。そして旅立つ方は「ありがとう」の言葉を残し、見送る側も「ありがとう」と感謝を伝える。そんな人生の繋がりを支える存在でありたいと思っています。

人生は何が幸せか分かりません。でも、「誰かを大切にして生きた」と思える人生なら、それは幸せなのではないでしょうか。人生をどう繋いでいくのか。そのきっかけを多くの人に届けることが、これからの私の仕事だと思っています。

株式会社繋ぐコンサルタントオフィス 代表取締役 松本恵

三井住友銀行・三菱信託銀行・野村證券・メットライフ生命にて約20年にわたり金融の最前線で活動。現在は、全国組織「繋ぐ相続サロン®」の代表として、“生きる準備”に寄り添う相続支援の普及を推進。財産着目ではなく、人生の想いを繋ぐ「生きる準備からの相続」を重視した独自の支援スタイルを確立。厚労省も掲げるACP(人生会議)にも呼応し、新資格「繋ぐノートサポートアドバイザー」創設など、保険・福祉・士業を巻き込んだブルーオーシャン戦略を展開中。

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イノベーションズアイ株式会社 代表取締役 加藤俊之

1968年生まれ・茨城県出身。大学卒業後、証券会社、IT企業、物流企業、政府系プロジェクトを経て、2006年にイノベーションズアイ株式会社(現在)を設立し代表取締役に就任。グローバルベンチャー、ローカルベンチャー、大学発ベンチャー、日本のものづくりを卓越した技能で支える中小企業など、多様なイノベーターと向き合ってきた。「未来を創る企業を増やす」を使命に、「発掘×発信×発展」を事業コンセプトとしたビジネスプラットフォームの創造に取り組んでいる。

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