ブルーカラーの職人や現場仕事が憧れの社会をつくる
一般社団法人日本SNS採用推進協会 代表理事 秋山剛

変化の激しい時代に、新たな価値を創り出し、未来を切り拓こうと挑む人たちがいます。
既存の枠を越え、変革を起こす意志と行動力を持つ“イノベーター”たち。
「イノベーターの視点」は、イノベーションズアイ代表・加藤俊之が、その発想の原点や挑戦の背景、そして変革を支える戦略や思想に迫る対談シリーズです。
自己表現できなかった少年時代、若年結婚、そして起業への道
――今ではSNSや講演などで人前に出ることが多いということですが、幼少期はどのような性格でしたか。
小学校2年のときに転校先でいじめにあった経験から、「自分を出すと叩かれる」という恐怖が染みつき、ずっと自己表現が苦手でした。中学時代も、堂々と想いを伝える同級生を羨ましく思いながら、自分は何も言えない、そんなもどかしさを抱えて生きてきました。だからこそ、今“自分を出せずにもがいている人”の気持ちは痛いほどわかります。自分を変えたい一心で、社会に出てからは話し方教室に通い、心理学やコミュニケーションも学びました。すべては「本当の自分で生きたい」という想いからでした。
――高2で子供ができたのですね。とても若くして親になることをどう思いましたか。
18歳になってすぐ、わが子が生まれました。その瞬間、胸に浮かんだのはたった2つの想いです。「かっこいい父親でいたい」そして、「子どもの夢を全力で応援できる親でいたい」。
そう思えたのは、私自身がそんな親に育ててもらったからです。裕福な家庭ではありませんでしたが、夢を語るたびに「やりたいなら、やってみなさい」と背中を押してくれました。お金や無理を理由に、最初から諦めさせることはありませんでした。
だから私も、わが子の夢だけは、どんな時でも否定しない父親でありたいと思っています。

――高校を中退して、家族を養うためにどのような仕事に就いたのですか。
子どもが生まれ、家族を養うためにハローワークへ行きましたが、条件の良い仕事はどれも「高卒以上」。学歴不問で募集していたのは、建設現場の仕事だけでした。そこで、内装業や鉄筋の圧接などのブルーカラーの仕事に就きましたが、どれも中途半端にしか続かず、「自分はダメな人間なんじゃないか」と、毎日のように悩んでいました。
そんな時、現場で電気工事士の姿を見て、「かっこいいな」「これなら一生食べていけるかも」と直感的に思いました。それから電気工事の道を選び、必死に技術を身につけました。
そして23歳、家族も4人に増え、勤め先の仕事が減って生活が厳しくなる中、2005年、覚悟を決めて電気工事会社を起業。ただ、最初の頃は本当にギリギリの経営で、必死の日々でした。
「できるかな」から「やるしかない」への決断
――そうしたなか、SNS採用の取り組みを始めようと思ったのはなぜですか。
電気工事会社が軌道に乗った頃、ボクシングジムや結婚相談所の経営も始めましたが、コロナ禍で事業が苦境に立たされました。そこで打開策としてTikTokを活用しようと考え、まずは結婚相談所の集客のために「恋愛ドクター」として白衣姿で登場。仲間の社長たちからは「秋山、大丈夫か?」と心配されましたが、「やるしかない」という覚悟で挑戦しました。TikTokを使った集客のノウハウがたまってきた頃、他の会社にもその方法を伝えるようになりました。すると、サロンや飲食店の経営者から「お客様だけでなく、スタッフも集まった」「採用につながった」という声が届くようになりました。それを聞いて、「この仕組みなら、人手不足に悩む建設業界にも活かせるかもしれない」と感じました。

――それがスタートだったのですね。今では社員が発信しているそうですね。
今はうちの20代の社員が、TikTok発信を担当しています。若い世代に響かせたいなら、同世代が発信するのが一番効果的だと思います。
きっかけは、ある出来事でした。20代社員の彼がフルローンで買った700万円の車を、半年ほどしてぶつけて廃車にしてしまいました。相当落ち込んでいて、何か希望を持たせてあげたかった。そこで僕は言いました。「今のどん底の状態をTikTokで発信して、電気工事業界で一番有名なインフルエンサーになってみたら?」と。すると、彼は「やってみたいです」と答えてくれました。「とし@借金700万電気工事士」でTiktokを開始し、そこから一緒に採用の仕組みをつくり、成果に応じたインセンティブも導入しました。結果、求人エントリーは80件を超え、正社員3人、アルバイト3人の採用に成功。彼自身も力をつけ、今では多くの電気工事会社に名前を知られ、僕と一緒に講演にも登壇しています。最初は不安そうでしたが、「やるしかない」という覚悟が、彼を大きく成長させました。
生死の境で気付いた使命
――昨年1月、人生の転機があったそうですね。
昨年の正月、突然の心不全で救急搬送され、生死をさまよう状況になりました。
病室で「もしかしたら、このまま死ぬかもしれない」と本気で思いました。
その瞬間、頭に浮かんだのは「自分は、今一緒に働いている職人たちを本当に幸せにできているのか?」という問いでした。それが唯一の心残りでした。
もし生きて戻れるなら、もっと職人たちの幸せを大切にする会社をつくろう。そう強く心に誓いました。そして、これは自分の会社だけの問題じゃなく、建設業界全体の課題だと感じました。だから今は、同じ志を持つ仲間たちとともに、職人が憧れられる「ブルーカラークールな日本」をつくることを目指しています。この経験を境に、「社員の幸せにつながるかどうか」が、私のすべての行動の基準になりました。
――SNSを活用した採用で「ブルーカラークール」を進めていますが、手応えはいかがですか。
正直に言って、建設業界のSNS採用はまだまだ遅れていると感じます。
昔ながらの採用方法にこだわったり、「日本の若者は来ない」と諦めて、外国人採用に頼る企業も少なくありません。もちろん外国人採用が悪いわけではありません。
でも本音では、多くの経営者が「日本人の若くて優秀な人材がほしい」と思っているはずです。ただ、「来ない」のではなくて、魅力が届いていないだけではないでしょうか。
しかもこれからは、外国人労働者も転職しやすい制度に変わっていくと言われています。
そのとき、彼らもSNSで仕事を探す時代がきます。
だから私は思います。発信していない会社は、この時代に“存在していない”のと同じだと。
――では、どうやって広めていくのですか。
まずは、「次の世代に自分たちの現場仕事の魅力を届けたい」と本気で思っている経営者とつながること。そして、その想いを広げていくには、何よりも自社で圧倒的な成果を出すことが、一番の説得力になると考えています。
私たちは、職人の魅力をSNSで発信しながら、“職人インフルエンサー”を育てて、若い世代に直接アプローチしていきます。企業向けには2つの軸で取り組んでいます。
ひとつは、日本SNS採用推進協会では、SNSを活用して採用を支援する専門家「SNS採用プランナー」や「SNS採用ディレクター」を育成し、ブルーカラー業界の経営者や社員が、自分たちの想いや仕事の魅力を発信できるようサポートしています。もう一つの取り組みが、「若者を採用したい」と本気で考えているブルーカラー企業の経営者たちとコミュニティをつくること。
SNSでの発信や、若者に選ばれる会社づくりにすでに成功している企業から学び合い、仲間と共に成長していく場を広げています。

――秋山さん自身もSNSで発信していますが、効果はありましたか。
昨年、X(旧Twitter)での発信を始めたところ、たった3ヶ月で1万人のフォロワーがつきました。すると求人の応募だけでなく、ある工業高校の定時制の進路指導部長から「秋山さんのような人の会社に生徒を紹介したい」と連絡をいただきました。
全校生徒の前で進路講演もさせてもらい、「前向きになれた」「自信が持てた」という感想がたくさん届きました。SNSでの発信が、先生たちの信頼や、生徒たちの背中を押す力にもなりました。この経験から、私だけでなく、他のブルーカラー業界の経営者もSNSを活用すべきだと強く思いました。発信を続けていけば、毎年1人でも2人でも若者を採用できる流れが生まれるはずです。
――工業高校の生徒たちの現状は。
工業高校の先生たちの話を聞くと、皆さん口をそろえて言います。
「生徒たちは、悩みだらけです」と。
実際、工業高校の生徒には1人あたり15〜20社もの求人が来ていて、就職先に困ることはありません。
それでも生徒たちは、「自分に自信がない」「将来が見えない」と感じている。でも、私たちから見ると、彼らには可能性しかありません。だからこそ、人生の少し先を歩いている大人として、彼らにその可能性を伝えたい。「手に職をつければ、人生は自分で切り開ける」と。
実際に私は高校を中退しましたが、技術を学んで、会社をつくり、仲間を増やし、今があります。同じように、夢を持つ経営者たちと一緒に、若者たちに「未来は変えられる」と伝えていきたいです。
ブルーカラーが憧れられる社会へ
――波乱万丈な人生を歩んできましたが、振り返ってみて、どんな人生だと考えていますか。
振り返ってみると、これまでの人生はすべて“必然”だったと感じています。
山も谷もありましたが、不思議と「自分が思い描いた道を歩いている」と思えます。
18歳で父親になったとき、「かっこいいお父さんになりたい」と願い、がむしゃらに生きてきました。
そして息子が20歳になったある日、「父さんのこと、尊敬してる」と言ってくれました。
その瞬間、涙が止まりませんでした。本当に、何より嬉しい言葉でした。
息子は私の背中を見てボクシングを始め、いまでは全日本選手権を4度制覇するアマチュアボクサーに成長しました。
人生は、あきらめずに前を向いて行動すれば、夢はきっと叶う。それを、私は身をもって実感しています。だからこそ、今を生きる若者たちにも伝えたいんです。
「君は今のままで、すでに価値がある。夢を持って、いつだって“今”がスタートラインだ」と。そして僕自身も、これからの人生で、一緒に働く職人たちが心から幸せを感じられる会社をつくり、「ブルーカラーが憧れられる日本」を、同じ想いの仲間たちと一緒に創っていきます。
――「ブルーカラークール」で、どんな社会になることを目指しますか。

アメリカでは、会計士よりも配管工の方が稼ぐ時代がすでに来ているという報道もあります。
日本でも数年後、ブルーカラーの価値が今よりずっと高く評価される時代が、必ずやってくると確信しています。
私が目指すのは、「ブルーカラーという働き方が、誇りと希望の象徴になる社会」です。
職人や現場で働く人が憧れられる存在になり、彼ら自身が「この仕事を選んでよかった」と心から思えるような人生を歩んでいける。
そんな社会をつくるのが、私の人生の目標です。
そのために、職人の幸せを本気で大切にする会社を増やし、自分自身がその流れを牽引する存在になりたい。
「ブルーカラークールといえば秋山」と言われるくらいに、覚悟を持って取り組んでいます。
これからも仲間を全国に増やし、若者たちの可能性を広げていきたいと思っています。
――建設業界の経営者に伝えたいことは。

建設業界は「3K」と言われ、いまだに厳しいイメージが根強く残っています。
だからこそ今、経営者や社員が、自分たちの仕事の魅力や想いを“発信すること”が何より大切です。
私たちブルーカラー業界の経営者には、その重要性に一刻も早く気づいてほしい。
発信している企業は、まだほんの一部です。でも今だからこそ、発信することで若者に業界の魅力が届き、未来を変えるきっかけになります。
「みんながやり始めてからでは、もう遅い」。それが今の時代です。
発信を通じて見えてくるのは、求人だけでなく、会社の制度や環境の課題、業界全体の問題でもあります。
一歩踏み出すことで、会社が変わり、業界が変わり、そして一番大切な“社員の幸せ”につながる。そのスタートが「発信」だと、私は本気で信じています。
――最後に次世代に向けてメッセージをお願いします。
作業着を着て汗を流す姿が、「社会の底辺」と見られていた時代は、もう終わりです。
これからは、AIが進化するほどに、人の手で支える“現場仕事の力”の価値がもっと見直されていきます。だからこそ、ブルーカラーで働くことの魅力に、いち早く気づいてほしいです。
私自身、かつては自分に自信が持てず、もがいていました。
でも、「手に職をつけた」ことで、人生を前に進める自信が生まれました。
努力を重ねた日々は、やがて“自分だけの財産”になり、いつか笑って話せる“物語”になります。だから、次の世代のみなさんへ、「焦らなくていい。今のままでも、君には価値がある。夢と希望を持って、一歩ずつ、自分の道を歩いていこう。いつだって、“今”がスタートラインです。」と伝えていきたいです。
一般社団法人日本SNS採用推進協会 代表理事 秋山剛
1976年大阪生まれ。18歳で父親になり、仕事をしながらプロボクサーも経験。
電気工事会社、ボクシングジム、結婚相談所の異なる事業で様々な集客・採用方法を試行錯誤し、各事業で億単位の売上をあげる。
コロナ禍で業績が最悪の状況に転ずるなか、オンライン事業、TikTokを開始。売上ゼロの状態から半年で年商1億円の事業を構築、すべてSNSで集客。企業経営者、起業家6000名以上に SNS集客、ブランディング、SNS採用を支援。SNS運用の書籍4冊出版。現在は、厚生労働省管轄 認定訓練校としてSNSを活用して採用を支援する専門家「SNS採用プランナー」や「SNS採用ディレクター」を育成し、ブルーカラー業界の経営者や社員が、自分たちの想いや仕事の魅力を発信できるようサポート。「ブルーカラークール推進」を本気で考えている仲間たちとコミュニティを運営。
イノベーションズアイ株式会社 代表取締役 加藤俊之
1968年生まれ・茨城県出身。大学卒業後、証券会社、IT企業、物流企業、政府系プロジェクトを経て、2006年にイノベーションズアイ株式会社(現在)を設立し代表取締役に就任。グローバルベンチャー、ローカルベンチャー、大学発ベンチャー、日本のものづくりを卓越した技能で支える中小企業など、多様なイノベーターと向き合ってきた。「未来を創る企業を増やす」を使命に、「発掘×発信×発展」を事業コンセプトとしたビジネスプラットフォームの創造に取り組んでいる。