【対談】イノベーターの視点

経営者に寄り添う「受けの美学」

辻・本郷 ITコンサルティング株式会社 代表取締役社長 黒仁田 健氏

経営者に寄り添う「受けの美学」

変化の激しい時代に、新たな価値を創り出し、未来を切り拓こうと挑む人たちがいます。
既存の枠を越え、変革を起こす意志と行動力を持つ“イノベーター”たち。

「イノベーターの視点」は、イノベーションズアイ代表・加藤俊之が、その発想の原点や挑戦の背景、そして変革を支える戦略や思想に迫る対談シリーズです。

第22回は、辻・本郷税理士法人グループの一員として、企業の経営課題の解決を支援する辻・本郷ITコンサルティングの黒仁田健社長。税理士を志して辻・本郷税理士法人に入所。一度は退職したものの復帰し、拠点開設や組織づくりに携わった。現在はITコンサルティング事業を率いる。信条は「経営者の話を聞き、課題を捉え、解決につなげる」。その考え方の原点には、幼少期から夢中になって観戦したプロレスの「受けの美学」があるという。これまでの歩みと事業への思い、今後の挑戦について聞いた。

寿司屋の家庭で育ち、プロレスに夢中になった少年時代

――子どもの頃、どのような環境で育ちましたか。

東京の大森(大田区)で生まれました。実家は寿司屋を経営していて、父は親族と共同で事業を行っていました。男3人兄弟で、兄と双子の弟がいます。

子どもの頃は、父の商売上の付き合いなどもあって、地域の少年野球チームに入れられました。でも、野球は本当に嫌で、小学校4、5年生ぐらいで辞めてしまいました。

双子の弟は運動が得意で、野球もうまかったですし、中学校のバレーボール部ではキャプテンでエースでした。私も同じ部に所属して3年間続けましたが、弟にはかなわなかったですね。

――子どもの頃からプロレスが好きだったそうですね。

そうなんです。小学校低学年の頃から『週刊プロレス』を読んでいました。

特に1990年代前半は、新日本プロレスや全日本プロレスなどの男子プロレスに加え、団体対抗戦で盛り上がった女子プロレスも夢中になって観ており、北斗晶さんと神取忍さんの試合などは今でもよく覚えています。

単に試合を観るだけではなく、「この選手とこの選手が戦ったらどうなるのか」「どちらが強いのか」と自分なりに想像したり、仮説を立てたりするのが好きでした。

――両親からはどのようなことを言われて育ちましたか。

両親は商売が忙しかったので、あまり細かく言われた記憶はありません。

父の寿司屋は景気の良い時期には5、6店舗ほど展開していました。母も昼は経理などの事務を、夜は店で接客をしていました。帰宅が深夜になることもありました。

小学校5、6年生ぐらいになると、自分でご飯を炊いたり、洗濯したりしていました。母が一生懸命働いている姿を見ていたので、誰かに言われるのではなく、自分で考えて行動することが自然と身についたのかもしれません。

学校でも、自分で学習テーマを決めて、取り組んでいました。そうした学習は楽しかったですし、今振り返ると、自分で決めて行動することが当たり前になっていたように思います。

家業をきっかけに税理士を志す

――税理士を目指したきっかけは。

高校3年生から大学に入った頃だったと思います。

実家の寿司屋はバブルが崩壊すると、経営環境が変わってしまいました。店舗や売り上げをどう伸ばすかといった話を耳にする中で、経営や税金に関心を持つようになりました。

身近に税務関係の仕事をしている親族がいましたので、国税の仕事に就くか、税理士になるかを考えるようになり、大学2年生の秋から専門学校に通い、税理士試験の勉強を始めました。

――大学時代から資格取得に向けて勉強していたのですね。

そうですね。大学在学中に5科目の税理士試験のうち2科目に合格しました。

当初は就職活動をしようとも思いましたが、もう少し勉強を続けようと考え、卒業した2002年にさらに2科目に合格しました。

大学時代は大井競馬場(東京都品川区)で清掃のアルバイトをしたり、大学のほかに専門学校に通ったりと、かなり忙しい生活でした。

辻・本郷税理士法人に入所したのは翌年で23歳のときでした。

――実際に税理士業務を経験して、どのようなことを感じましたか。

入所したのが確定申告の時期だったので、最初から確定申告業務に携わりました。分からないことも多く、調べながら仕事を進めていました。

その後、法人のお客様や相続関係の仕事も担当するようになりました。

そこで感じたのは、税理士もお客様相手の商売だということです。税金の計算や申告書の作成だけではなく、お客様と話し、何を求められているのかを理解することが大切だと感じました。

――印象に残っている仕事はありますか。

最初に担当したお客様の一人に、多くの不動産を所有している地主の方がいました。その方から「君は何を提案できるのか」と問われたんです。

不動産の収支表には毎月の数字が細かく並んでいますが、それだけではどこに問題があるのかが分かりにくいと感じていました。

そこで、入金状況などを〇(マル)、△(サンカク)、×(バツ)で示し、問題のあるところが一目で分かる表を作って持っていきました。すると「これだ」と評価していただきました。

この経験から、数字を並べるだけではなく、数字からお客様の課題を見極め、使える情報にすることが大切なのだと感じました。

一度の退職を経て、拠点展開と組織づくりへ

――辻・本郷税理士法人を退職されていますね。

入所して2年ほど経った頃です。同期が大手会計事務所などへ転職していく中で、自分も外の世界を見てみたいと思うようになりました。

別の会計事務所でも働きましたが、税理士としての仕事はどこも、それほど変わらないと感じました。

その後は派遣社員として経理の仕事をしました。早朝には清掃のアルバイトもしていて、一時は清掃会社を起業しようかと考えたこともありました。

――そこから辻・本郷税理士法人に戻ったのは、どのようなきっかけだったのですか。

最初に辻・本郷へ採用してくれた方と食事をする機会があり、「辞めるとき、本当は引き留めたかった。戻ってきてほしい」と言っていただいたんです。それがきっかけで戻ることになりました。

――復帰後は、どのような仕事を担当したのですか。

当時、辻・本郷では地方の会計事務所を引き継ぎ、拠点を広げる取り組みが始まっていました。

個人で会計事務所を経営していた先生方が高齢になり、後継者がいない。そうした事務所を引き継いでいくというものです。

私は小田原(神奈川県)の事務所の所長を任されました。しかし、地元で長く仕事をしてきた先生方がいるので、新規のお客様を増やすのは簡単ではありませんでした。

それなら、もっと市場の大きなところへ出ていくべきだと考え、横浜(同)に拠点を開設しました。藤沢(同)や町田(東京都)にも広げていきました。

私は4カ所ほどの所長を経験しましたが、一人ですべてを見るわけにはいきません。そこで、新しい所長を探したり、外部から人材を迎えたりするようになりました。

こうした経験が、私にとって大きな転機になりました。

――本部で組織づくりにも関わりましたね。

2014年頃に本部へ戻り、経営企画室を立ち上げました。

拠点ごとに異なっていた業務の進め方を整理したり、人材育成の体制を整えたりと、組織全体の基盤づくりに取り組みました。

税理士は専門性を磨くことが重要な仕事ですが、個人の能力だけに依存していては組織を大きくすることはできません。

どうすれば人を育て、組織として事業を広げていけるのか。それを考えるようになりました。

ITコンサルティング事業への挑戦

――そこから辻・本郷ITコンサルティングの経営に携わるようになったのですね。

辻・本郷で企画や仕組みづくりを進める一方で、ITコンサルティングの事業にも関わるようになりました。

2021年に社長を務めることになったのですが、最初に考えたのは、どうやって仲間を集めるかということでした。

私自身がITの専門家というわけではありません。だからこそ、ITに詳しい人たちに集まってもらい、それぞれの力を発揮できる環境をつくることが大切だと考えました。

――税理士法人での組織づくりと共通するところがありますね。

そうですね。税理士は、自分自身の専門性を高めていく職人的な仕事でもあります。それはとても大切ですが、それだけでは事業を大きくしていくのは難しいと思います。

事業を広げていくには、一人ひとりの強みを生かしながら、組織として力を発揮していく必要があります。

どうすれば、その気になって取り組んでもらえるのか。各人が持つ力をどう引き出すのか。そういうことを考えるのは面白いですね。

――2025年12月には東京証券取引所スタンダード市場に上場しました。上場にはどのような狙いがあったのでしょうか。

グループの認知度を高めることです。

辻・本郷グループは会計業界では大きな組織ですが、一般には十分に知られていません。上場は認知を広げる大きなきっかけになると考えています。

また、海外では大手会計事務所の周辺からコンサルティング会社が生まれ、大きく成長してきた歴史があります。

日本でも、会計事務所を基盤としたコンサルティング事業を大きく育てていきたい。その一つのモデルをつくれたらと思っています。

プロレスから学んだ「受けの美学」

――経営者として、大切にしている考え方はありますか。

子どもの頃から好きだったプロレスに通じるのですが、「受けの美学」というものがあります。

プロレスは、ただ自分が攻めればいいわけではありません。相手の技をどう受け止めるかがとても重要なんです。

コンサルティングも同じだと思っています。経営者は自分の考えを持ち、事業を前に進めようとしています。このため、こちらの考えを一方的に押しつけても、うまくいきません。

まず相手の話を聞き、何を考え、何に悩んでいるのかを受け止めることが大切です。

――相手によって接し方も変わるのでしょうか。

そうですね。大企業と中堅・中小企業のオーナー経営者では、求められる対応が違います。

大企業では、組織として意思決定するための説明や提案が必要になります。こちらから積極的に提案していかなければならない場面もあります。

一方、オーナー経営者の場合は、まず話を聞いてほしいという方が多いんです。その中で課題を理解し、「こういう方法があるのではないですか」と伝える。信頼関係ができていれば、「あなたがそう言うなら」と受け入れていただけることもあります。

相手に合わせて、受けることも攻めることも必要だと思っています。

――AIの普及によって、税理士やコンサルタントの仕事も変わっていくのでしょうか。

AIによって作業は大きく効率化されると思います。人が行っている作業の多くをAIが担うようになるでしょう。

ただ、税理士やコンサルタントの仕事は作業だけではありません。経営者と話していると、いろいろなことに迷い、悩んでいることが分かります。

AIは迷いませんが、人は迷います。その時に、「一緒に考え、迷い、悩む」ことができるか。そこに、人にしかできない大切な役割があると思っています。

――最後に、今後の展望を聞かせてください。

税理士は、本当に素晴らしい仕事だと思っています。経営者からさまざまな相談を受ける立場にいますし、信頼関係もあります。

ただ、相談を受けても、税理士だけでは解決できないこともあり、そこにもどかしさを感じていました。

だからこそ、税理士が受けた相談や経営課題を解決するための受け皿として、辻・本郷ITコンサルティングを大きくしていきたいと考えています。

また、日本企業の基幹システムなどには海外製品が多く使われています。国産の製品やサービスでも、もっと存在感を示せるようなものをつくれないかという思いもあります。そうしたことにも挑戦していきたいですね。

辻・本郷 ITコンサルティング株式会社 代表取締役社長 黒仁田 健

税理士。2002年法政大学卒業。2003年辻・本郷 税理士法人に入社。

2014年経営企画室室長に就任し、会計事務所のM&Aを実践するとともに、地域密着を目指した会計事務所の開設を行うほか、現場と管理部門の経験を活かし、教育研修の責任者も務める。

2020年シニアパートナーに就任。 2021年辻・本郷 ITコンサルティング株式会社の代表取締役社長に就任。趣味は散歩、プロレス観戦(主に1980年~90年代)

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イノベーションズアイ株式会社 代表取締役 加藤俊之

1968年生まれ・茨城県出身。大学卒業後、証券会社、IT企業、物流企業、政府系プロジェクトを経て、2006年にイノベーションズアイ株式会社(現在)を設立し代表取締役に就任。グローバルベンチャー、ローカルベンチャー、大学発ベンチャー、日本のものづくりを卓越した技能で支える中小企業など、多様なイノベーターと向き合ってきた。「未来を創る企業を増やす」を使命に、「発掘×発信×発展」を事業コンセプトとしたビジネスプラットフォームの創造に取り組んでいる。

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