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穏やかなることを学べ

第6回

友人宅の藤棚に思うこと

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

もう藤の花も終わりだが、先日、ゴルフを共にした友人から庭の藤棚の見事な写真を見せてもらって、改めて感激した。日本原子力発電(日本原電)の広報担当者として原子力の理解に努め、現在は退任している友人だが、藤の花には一家言ある様子。「2月に出来るだけ花芽を残してツルを剪定するのが美しく咲かせるコツ」という。原子力広報の激務の中で、心の癒しが藤の花だったと言う。

確かに、優雅になびく柔らかな様子、淡い紫の色と甘く香しいさま、「和」を象徴する花と言えば藤だと思う。癒しという意味では、最もふさわしいかもしれない。振り袖姿の女性のような佇まいの花は、もう締めくくりの時期ではあるが、爽やかな薫風に揺れる藤の花を見ると、春の季節の深まりをつくづく実感する。

歴史を紐解くと、遠く大和の時代から藤は人の手が入り万葉集にも多く登場する。平安の時代に入ると、花を囲んでの宴も盛んに行われ、重ねる着物の色あいも表が薄紫、裏が青と言う「襲色目(かさねのいろめ」が当時の貴族たちに好まれた。藤色が高貴な色となったのもこの時代で、「源氏物語」でも光源氏の義母「藤壺女御」、妻「紫の上」と、藤色にちなんだ名が並んでいる。

その藤に強い思いを寄せた歌人、文人は多いが、敢えて上げたいのは川端康成である。ノーベル文学賞を受賞した昭和43年末の記念講演「美しい日本の私」で、川端は古伊賀の窯変、一輪の侘助や白玉、枯山水、茶室などと並び、日本の美を映すものとして藤の花を取り上げている。

この講演で川端は「伊勢物語」の中の、在原行平が藤の花を活けて客をもてなす箇所を引用し、藤を礼賛している。興味深いのは、清楚な花の場面ではなく、あえて「瓶の花の中にあやしき藤の花ありけり。花のしなひ、三尺六寸ばかりなむありける」という箇所を選んでいることだ。

三尺六寸というと1メートル半あまり。そんな見事な花の場面を「(藤は)日本風にそして女性的に優雅、風にも揺らぐ風情はつつましやか、やわらかで初夏の緑に見え隠れてもののあわれに通うようですが、花房が三尺六寸となると、華麗さも異様なほどすごいものです」と語りかけている。藤の魅力の奥深さを「異様なほど」と表現し、その上で藤の花こそが平安文化の象徴であり、日本の美を確立した奇跡の一つと結んでいるのだ。

川端の日本語を当時のスウェーデン・ストックホルムの聴衆がどこまで理解できたかは、正直、疑問もある。ただそれは別にして、この講演からだけでも、美術から工芸品に至るまで造詣が深い川端の藤に対する思いが、特別なものであったことが理解できる。

その万葉の時代から親しまれている藤だが、現在、本州を中心に自生しているのは日本の固有種が多い。摂津国野田村(現・大阪市)が名所だったこともあり「ノダフジ」の別名もある。ツルが左巻きの固有種ヤマフジは近畿以西に分布、最近は外来種も多く入ってきている。

藤棚での鑑賞が広まったのは江戸時代に入ってからで、それまでは松に絡めて咲く藤の花の美しさが鑑賞の基準とされた。藤は古来から女性らしさの象徴とされ、男性らしさを表現した松と対であることが「めでたきもの」とされたためだ。下村観山の屏風絵「老松白藤」など日本画や古典でしばしば藤と松がセットで登場する理由がそれだ。

その藤だが、残念ながら今年はゆっくりと眺める間もなく、盛りを過ぎてしまった。ただ、散りゆく近所の藤棚を眺めながら、これまで訪れてきた藤の美しい場所の数々を思い出した。例えば、三尺六寸を超す藤が半キロにわたり連なる岡山・和気町の藤公園、佐賀・唐津城の「1000年藤」あるいは丹波・百毫寺の「九尺藤」。今年のような残念な思いはもうしたくはない。来年こそは、川端の言葉を振り返るような藤の花を愛でる旅を、と切実に願っている。
 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長を経て2022年6月から産経新聞社コンプライアンス・アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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