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Winny 天才プログラマー金子勇との7年半 [著]弁護士 壇 俊光(2020年4月・インプレスR&D発行)

弁理士の著作権情報室

1.はじめに


ファイル共有ソフト「Winny」の開発者である金子勇氏が著作権法違反(公衆送信権の侵害)幇助の容疑で京都府警に逮捕されたのは2004年5月のことである。検察による上告が棄却されて無罪が確定したのが2011年11月。本書はWinny事件の弁護人を務めた著者が金子勇氏の逮捕から無罪確定まで同氏とともに歩んだ7年半の道のりを綴ったブログの内容を小説として書き直したものである。

Winny 天才プログラマー金子勇との7年半 [著]弁護士 壇 俊光(2020年4月・インプレスR&D発行)

インプレスR&D ウェブサイトより


本書の表紙には、「Winny」のアイコンとして使用されたニューヨークの航空写真のデザインが採用されている。なぜニューヨークなのかというと、「Winny」の名称について、開発当時に普及していたファイル共有ソフト「WinMX」のMとXを1文字ずつ進めて「NY」としたことに由来する。帯部分には、2009年10月の大阪高裁における逆転判決後の記者会見で「無罪」の旗を広げた金子勇氏の写真が使用されている。

2.Winny事件の経過


Winny事件は終結から既に10年以上の歳月が経過しているため、まずは一連の経過を簡単に振り返っておく。
2002年4月、金子勇氏は電子掲示板「2ちゃんねる」において新しいP2Pファイル共有ソフトの開発を宣言した。翌月には早くもWinnyの試作版が公開され、その後新たな機能が次々に実装されて世界の最先端となり、爆発的に流行するに至った。

WinnyはP2P技術を応用した送受信用プログラムの機能を有するファイル共有ソフトであり、インターネットを通じ、不特定多数の利用者間で様々な情報の共有が可能である。ところが、Winnyには情報発信主体の匿名性を確保する機能などが備わっているため、著作物の違法な公衆送信行為等が頻発し、社会問題化することとなった。

2003年11月にはWinnyを利用してインターネット上に映画やゲームソフトを公開したとして、群馬県の自営業者と愛媛県の無職少年が著作権法違反(公衆送信権の侵害)の容疑で京都府警に逮捕された(同日、金子氏の自宅も京都府警に家宅捜索を受けている。)。
そして、2004年5月にはWinnyの開発者である金子勇氏自身が著作権法違反(公衆送信権の侵害)幇助の容疑で逮捕され、その後起訴された。本来、プログラムを開発したというだけでは直ちに著作権法違反とはならないが、違反者による行為を容易ならしめたという理由である。Winnyはその後の裁判でも認定されたように「価値中立ソフト」であり、適法な用途にも違法な用途にも利用可能なソフトである。このため、どちらの用途に利用するかはあくまで利用者個々の判断に委ねられていることから、開発者自身を罰することに対して疑問を呈する意見があったほか、逮捕により技術開発を委縮させるという悪影響を懸念する声も少なくはなかった。

裁判所の判断に関しては、2006年12月に京都地裁において金子勇氏に罰金150万円(求刑懲役1年)の有罪判決が言い渡された。この判決に対しては金子氏と検察の双方が控訴したものの、2009年10月に大阪高裁において逆転判決がなされ、金子氏に無罪が言い渡された。今度は検察のみが上告をした結果、2011年12月に最高裁が棄却したため、これでようやく無罪が確定したのである。しかしながら、無罪確定の約1年半後にあたる2013年7月、金子氏は急性心筋梗塞により永眠した。享年42歳という若さであった。

3.本書の内容


本編では40ものエピソードを「起訴から公判まで」、「1審弁護」、「高裁判決」など、基本的には裁判の進行に合わせて章立てする形式を採っている。必然的に裁判の話が中心となるため、法律や技術に関する事項の掲載は避けられないところ、本編では最小限の記載に留めている。その代わりに、トピックの節目には参考として刑事訴訟法を中心とした法律の条文が効果的に挿入されているほか、技術面では「Winnyをより深く知るための基礎知識」という図解を付録として巻末に置くという配慮がなされている。

本書の具体的な内容に関しては割愛するが、弁護人を務めた著者でしか知り得ないことが豊富に記されており、警察又は検察との生々しいやり取り模様のほか、弁護団内部の様子まで窺い知ることができる。そして何よりも、事件の被告人とされた天才プログラマー金子勇氏の素顔として、マイコンとの出会い、コンピューターへの興味、秋刀魚の食べ方、デザートやラーメンの好み、取材用のファッションの話に至ることまで触れられており、事件の報道を通じて抱いていたイメージとのギャップを感じることも多い。

そして、「わが友に本書を捧ぐ」というシンプルな言葉で始まった本書は、わが友に対するありったけの情熱をこめた「別れの手紙」で締めている。そこにはWinny事件が他の事件と違っていたこと、勝てたことの理由として思い当たることなどが書かれている。本書は、諸事情により著者が本当に書きたかったことのすべてを書けたわけではないとしても、金子氏に対する思いだけは忠実に記されていると感じた次第である。

4.最後に


拙稿が「弁理士の著作権情報室」に掲載される頃には、映画『Winny』(監督・脚本:松本優作)が既に全国で公開されているはずである。刑事事件に関する内容なだけに著作権法に関する事項はそれほど多くはないが、読者の皆さまには映画と併せてこの小説もぜひ推奨しておきたい。

令和4年度 日本弁理士会著作権委員会委員

弁理士 髙畑 聖朗

※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。

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