流レールシンクを標準装備、2015年5月から販売を始めたシステムキッチン「クリンレディ」
クリナップは蛇口から流れる水の勢いを生かし、ごみがうまく流れるようにシンク底面を手前に傾斜させた
食器を洗う水でごみが自然に流れる。調理検証を行った主婦からの声は好意的だった
■不満未満の「非満」を拾い上げ開発
≪STORY≫
クリナップが昨年5月から受注を始めた、主力のシステムキッチン「クリンレディ」に標準装備された新機能「流レールシンク」。水の流れを活用してごみを集め、節水やシンクの掃除の手間が省ける。開発の背景には、顧客もまだ気付いていない困り事を「非満」と名付け、商品開発に生かしたことがある。
クリンレディが発売されたのは1983年。以来、顧客の不満に耳を傾け、改善を重ねて顧客満足を高めてきた。その中で、水のはね音を抑えて傷も付きにくい「美サイレントシンク」、レンジフードに自動洗浄機能を設けた「洗エールレンジフード」など、業界初の新機能が生まれた。
しかし、こうした従来の手法だけでは、さらなる進化が難しくなっている。そこで、クリナップは非満というキーワードに注目したのだ。
「例えば『レンジフードの汚れが取りづらい』という不満に対し、自動洗浄機能を設けるという改善は終わりのない作業です。今までとは違う視点で、お客さまにとってまだ不満にもなっていない潜在ニーズを見つけなければならない時期になっていたのでしょう」。
流レールシンクの開発テーマリーダーを務める開発1部キッチン開発課の小堀淳司係長はこう語る。
小堀さんら開発チームが最初に行ったのが、写真を使った行動観察だ。これは、クリナップの開発部門の伝統といっても過言ではない。主婦モニターが撮ったキッチンの写真を見て、土鍋や買い置きの食材が廊下や食器棚の上に置かれている家庭が多くあることが分かり、デッドスペースだった足元までも収納に使える「フロアコンテナ」の開発や、主婦の多くがカウンターに敷物をしいていることが分かり、傷や汚れが付きにくい「美コートワークトップ」の開発に結び付いた例などがある。
開発チームは2013年春、社員に依頼して、自宅のキッチンでの調理中や食器洗い、後片付けなどの様子を撮影してもらい、詳細な分析を行った。「今回、数多くの写真を見て、さまざまな場面でシンクにごみが落ちていることに気付きました。でもそのときは、チーム内でもそれを当たり前のことだと思っていたのです」と、小堀さんは振り返る。しばらくして開かれた主婦モニター会議で、小堀さんは次の行動に出た。
この会議は、自社製品のユーザー歴半年以上の主婦や、これから製品を購入したいという主婦を募り、商品について意見を聞く。小堀さんは、シンクに残ったごみをどう処理しているのかを主婦モニターに聞いてみたのだ。
その結果、14人のうち、11人がシャワー(のついた水栓)でごみを流したり、シャワーがない人はゴム手袋をつけて掃除をしたりしていた。感想を聞くと、「嫌だけど仕方がない」「米粒や野菜くず、ミートソースなどの油汚れはゴム手袋をしていても気持ちが悪い」「掃除が面倒臭い」などの答えが返ってきた。
通常のアンケートではなかなか得られない貴重な声だった。主婦モニターの言葉の端々に、非満の存在を感じ取った小堀さんは「キッチンの作業で使う水の力でごみが流れ、掃除のしやすいシンク」というコンセプトで企画をまとめ、社内でプレゼンテーションを行った。
ところが、社内には「ごみが流れるからといって、キッチンが売れるかどうかは分からない」という声もあった。企画が実現すれば、看板商品である「クリンレディ」のイメージが大きく変わる可能性があり、多大な投資も必要となるだけに慎重な意見が多かったのだ。
そこで、開発チームはアイデアの精度を向上させ、社内に納得してもらえるだけのデータを集めるために、検証に明け暮れた。製品デザインを担当したデザイン課の間辺慎一郎主任は「『こうすればうまくごみが流れるのではないか』という仮説のもとにモデルを作り、シンク底面の角度を変えたり、(水とごみが流れる)溝を削ったりして、シンクの形状を理詰めで決めていきました」と話す。
試作を繰り返すたびに起きる問題を一つ一つ解決していくなかで、通常は奥側に傾いているシンクの底面を、手前側に傾斜させる案に落ち着いた。その際、蛇口から流れる水の勢いを生かしごみがうまく流れるように、底面の傾斜の角度を調整するのに苦労した。
一方、調理中や後片付け中のごみの分布をみると、シンク全面に均等に分散するのではなく、調理面近くに集中することが分かった。そこで従来はシンクの中央に設ける排水口を、生ごみの発生しやすい調理台の側面に寄せることにした。
こうして何度も試作品を修正し、最終の試作品を完成させた。主婦モニターを招き、最終試作品を使って調理から後片付けまでをしてもらい、意見を聞く調理検証を行った。検証に先立ち、最終試作品を社内で発表し、他部門から意見を聞いたが「汚いごみが手前に流れるシンクは前代未聞。機能以前に、お客さまの気持ちとして受け入れられないのではないか」という意見もあった。
ところが、主婦の声は極めて好意的だった。「ごみが流れるのが面白い」「気持ちいい」などの声が寄せられた。ごみがシンクの手前を流れることについても、「最後にきれいになるから別にいいじゃない」という前向きな意見がほとんど。開発チームは「ごみが流れる気持ち良さがキッチンの新たな価値になり得る」という確かな手応えをつかんだ。
主婦の声が追い風になり、「こんな特殊な形状のシンクは売れない」という社内の意見は影を潜め、流レールシンクは正式な開発テーマとして承認されることになった。
開発テーマリーダーを務めた小堀淳司さん(右)と製品デザインを担当した間辺慎一郎さん
■複雑な形状 「製作不可」乗り越え量産
≪TEAM≫
当初、「流レールシンク」の開発には、クリナップ開発1部のキッチン開発課、デザイン課などから約10人が参加した。個人の役割は特に定めず、これから製品をどうしていくかを考えるブレインストーミングを中心に作業を行った。流レールシンクが正式な開発テーマに承認された後は、設計、製造、品質保証、営業などの各部門からも担当者を出してもらい、全社を挙げて量産に向けた取り組みが始まった。
まずは、主婦モニターを招いて実施した調理検証の結果を踏まえ、調整と再検証を重ねて試作金型を製作。製品デザインを担当したデザイン課の間辺慎一郎主任が中心となって各部署と折衝し、その試作金型を使い、一定の品質を保って量産を行うための加工条件を決めていく作業が進められた。
ところが、試作で作ることができても、厳しい品質基準をクリアしながら量産に持っていくことは容易ではない。中でも、三角形の排水口を端に寄せるという前例のないシンクの形状を、プレスによる一体成型で実現するのには苦労した。
ステンレス板をプレス機で絞る際、角に近い部分は材料がゆがみやすく割れやすい。さらに複雑形状の排水口周りも一体で成型するため、難易度が高く、材料が伸びずに切れてしまうのだ。材料メーカーからも「こんな形状は絞れない」という意見、コンピューターの解析でも「製作不可」という結果が出た。
間辺さんは、福島県いわき市にあるクリナップ湯本工場に足しげく通い、「ここは(デザイン的に)譲れない」、あるいは「この部分については調整可能」という、量産形状の詰めを行った。「例えば、『成型上、ごみが流れる水路の幅をもっと広げてほしい』という要望もありました。水路の幅を広げるとプレスはやりやすくなりますが、水の勢いが弱くなるので、具体的にその幅をどこまで調整できるかを検討しました」と間辺さん。
水の流れは、流レールシンクの命ともいえる。成型条件の変更によって形状が変わるたびに、水とごみの流れを検証する作業が続いた。
製造部門にも、複雑形状部分を別途プレスして溶接するのではなく、ステンレス板1枚から作ることに対する誇りがあり、力の入れようは並大抵のものではなかった。こうして、量産に向けた成型条件がようやく確定した。
シンク底面を手前に傾けた「手前勾配構造」と「流レール」「調理面側排水口」を設けたステンレス製シンク
≪MARKET≫
「流レールシンク」の開発がスタートしてから、2015年5月に受注を開始するまで、約2年間を要した。
クリナップは受注開始に先立ち、同年3月に開催された住設機器の大型展示会に流レールシンクを初出展。実機によるデモンストレーションが始まると、ブースを埋め尽くした来場者は、ごみが水の力で排水口に流れていく光景を目の当たりにして衝撃を受けた。
「そうそう、よくこんな細かいところまで気がついたわね」「今までなぜこうしなかったの?」といった共感の声が主婦層から多数寄せられた。
流レールシンクは営業マンやショールームでプレゼンテーションを行うアドバイザーにとっても、自社キッチンの魅力を訴求しやすい商品になった。販売現場では、ごみが流れる様子を従来品と比較しながら見てもらい、実際にごみを流してもらうという対話型・体感型の拡販を進めている。
ウルトラの母をイメージキャラクターに起用し、時間に追われる働く女性へのメッセージを発信したテレビコマーシャルも話題を呼んだ。2015年「グッドデザイン・ベスト100」を受賞するなど専門家による評価も高く、旗艦モデル「S.S.」への展開も始めた。
◇≪FROM WRITER≫
キッチンはある意味で成熟した商品とされ、改善の余地はあまりないといわれてきた。クリナップは、日々連続して行われる改善とは異なる形で、キッチンに非連続的な進化をもたらそうと、「非満」探しを続けている。非満とは、現時点でユーザーにもメーカーにも認識されていないものだ。それをキャッチしアイデアに落とし込む作業も、それを現実の形に落とし込むものづくりも、それぞれ前例がない。
その点、ユーザーの非満の解消を目的とする業界初のシンクを作り上げていく中で、クリナップが長年にわたって蓄積してきた生産技術が大きな強みを発揮していることに、改めて注目される。
ユーザーの非満を捉えるアプローチに加え、アイデアとものづくり技術が三位一体となって、クリナップのシステムキッチンはさらなる進化を遂げていくに違いない。
≪KEY WORD≫
■クリナップ「流レールシンク」
2015年5月、クリナップが受注を始めたシステムキッチン「クリンレディ」に標準装備された新機能。業界の常識を打ち破り、シンクの排水口をごみの発生しやすい調理面側に寄せ(調理面側排水口)、シンク底面を手前に傾斜させ(手前勾配構造)、水の流れを排水口に導く水路(流レール)を設けた。蛇口から出る水の流れとシンク底面の傾斜を一致させ、キッチンの作業で使う水の力を活用してごみを集めて浮かせ、排水口まで流す。シンクの掃除の手間が省け、節水に役立つ。63万8000円(クリンレディI型255センチメートル、税抜き)から。
「フジサンケイビジネスアイ」