
法政大学大学院政策創造研究科教授 アタックスグループ顧問・坂本光司氏
三重県の多気町に万協製薬という社名の中小企業がある。クリーム剤や軟膏(なんこう)剤、液剤など外用薬のメーカーである。
設立は1960(昭和35)年。現社長である松浦信男氏の父親が神戸市長田区でスタートした。その後、96(平成8)年に現在地へ本社ごと引っ越している。
その理由は、95年に発生した阪神淡路大震災で、本社工場も、工場内にあった機械設備も、さらには自宅も、全壊してしまったからである。
当時の社長であった父親は、この日を境に震災ショックで体調不良となってしまい、当時、約30人いた社員も大半が離散している。
当時は専務であった現社長の松浦氏は、再生の地を多気町に定めて、翌96年に再スタートを切った。
◆社員2人で再出発
松浦社長は「95年1月17日は人生最悪の日。どんな日でも、あの日より悪い日はない。だったら、乗り越えられないものは何もない…」と決意を固めたという。
残った2人の社員とともに再スタートしたのだが、現在では従業員数が約100人、売上高は約19億円にまで成長発展している。
万協製薬は、三重県の山奥に地震に強い新工場を建設した。この地に本社も移すと同時に、ビジネスモデルをも大きく変化させている。変革のため、次の4つを目標に掲げた。
第1は、あれもこれもではなく、得意のクリームや軟膏などの外用薬へ絞り込んだこと。
第2は、1社・1品に依存した経営から多くの優良企業との取引を行うこと。
第3は、OEM(相手先ブランドによる生産)工場からODM(自社ブランドによる生産)工場へ転換すること。
第4は、同社が存在しなければ取引先が困るような企業となること。
◆取引先の多様化
血のにじむような経営革新努力により、こうした経営目標をおよそ15年間で実現したのは実に見事というほかない。
現在、同社の主要取引先は69社にのぼる。その最大取引先への依存度もわずか10%程度である。
また生産している商品は、約200品目、しかも最大商品の依存度はこれまた10%程度である。
さらに、この15年間、技術力の向上に努め、かつては取引先が開発した商品のOEM生産を手がけていたが、今や自社開発商品のODM生産が主力となっている。
こうしたがんばる企業の存在は「経営難の問題は外にある」と嘆き悲しむ中小企業に新たな気付きを与えるのではなかろうか。
【会社概要】アタックスグループ
顧客企業1700社、スタッフ170人の会計事務所兼総合コンサルティング会社。
「社長の最良の相談相手」をモットーに、東京、名古屋、大阪、静岡でサービスを展開している。
「フジサンケイビジネスアイ」