四国の香川県さぬき市に、靴を片方や左右サイズ違いでも販売する小さな靴メーカーの徳武産業がある。この会社の顧客は高齢者、それも足に不安を抱えた方々だ。
もともと室内靴の生産を行っていたが、業績が大幅に落ち込んだ時期がある。十河孝男社長が思い悩んでいたとき、老人施設を営む友人から「高齢者が転ばないような履物をつくってくれないか」との相談があった。この一言がきっかけとなり、同社はお年寄りの靴生産にのめり込んでいった。
◆個別対応方式
十河社長夫妻は、周辺の老人施設を回って高齢者の方々と話し、彼らの要望を徹底的に聞いた。2年間かけて500人の高齢者の歩行の悩みを聞いて歩いたそうだ。
その結果、さまざまなアイデア商品を生み出すことができた。転倒しないようにつま先がゆるくカーブしている靴。履きやすいように開口部が大きく広げられた靴。片手が不自由な人のために着脱ベルトが左右どちらからでも外せる靴。足の大きさや長さが左右違う人でも快適に歩ける靴などだ。
幅広靴は、普通の靴より3.6センチ広い9Eサイズまでを定番化した。また、個々の顧客の要望に応えることは、一般に大変な手間と費用がかかるが、同社は知恵を絞って乗り越えた。例えば、部分的に仕様を変更できるパーツオーダーシステムを取り入れ、1工程1500円と価格設定することにより、安くて迅速に顧客の要望に対応できるようになった。
パーツオーダーの個別対応の注文を受ける中で、要望の多いパーツ調整は定番化することで、コストを低減したほか、顧客の利便性も向上させた。定番化したパーツは、顧客に配布される同社のカタログに掲載している。
一つの部品調整の背後には、常に何倍、何十倍もの需要がある。通常は多額の市場調査費を使って手に入れるデータを、個別受注方式によってお金を一切かけずに、しかも、顧客から感謝されて手に入れているのである。
◆心温まる交流
また同社は、顧客に商品を届けるとき、手書きのメッセージカードを添えている。アンケートはがきに回答した顧客の誕生日には、お祝いの手書きのレターとプレゼントを送る。それに対して、顧客からも感謝の手紙が毎日届いているという。このように、手触り感たっぷりの、心のこもった顧客との交流が行われている。
多くの高齢者はさまざまな障害を抱えているため、左右の足の大きさも長さも、足の甲の高さも違い、普通の靴が履けずに困っている。今まで誰も取り合ってくれなかった高齢者の履物市場。左右のサイズ違い、さらには片方販売という、業界の常識を覆す発想は、2年間かけて行われた500件の聞き取り調査から生まれた。
定番化とパーツオーダーシステムという顧客サイドに立った発想により、高齢者は安くて迅速に自分の足にぴったりと合った履物を履けるようになり、そこに大きな社会的価値が生み出されたのである。このことは、オーストリア人経営学者のピーター・ドラッカー氏の言う「顧客の創造」以外の何ものでもない。
四国の小さなメーカーが、見事に顧客を創造し市場を生み出したのである。
アタックスグループ
顧客企業1700社、スタッフ170人の会計事務所兼総合コンサルティング会社。「社長の最良の相談相手」をモットーに、東京、名古屋、大阪、静岡でサービスを展開している。
「フジサンケイビジネスアイ」