第4回
良くも悪くも、東日本大震災は大きな転機
――それでも日本のものづくりは立ち上がる
日本企業の復活力は賞賛に値するが、危機に直面していることも確か
福島県いわき市にある小名浜港の第3埠頭。コンクリートがめくれ、地面が露出している
3月11日14時46分に発生した東日本大震災は、死者約1万5200人、行方不明者約8600人、建物の全壊・半壊を合わせて16万戸を超える未曾有の被害をもたらした。
震災直後の3月の貿易黒字は78.9%減少し(前年同月比、以下同様)、4月は4637億円の赤字に陥った。4月の自動車輸出は67%減、電子部品も同じく19%減。自粛ムードや買い控えなど、消費マインド低迷による小売業や観光業への影響も深刻である。
一方、被災した現地企業が猛烈な勢いで復旧を遂げているのも事実だ。個別企業の復旧への取り組みは各メディアの報道に譲るが、最近ある雑誌の企画で話を聞いた著名なアメリカ人アナリストは、「困った時にお互いが助け合う」という日本の文化が、今回の震災でも復旧の大きな原動力になったと賞賛していた。
そのように、復旧活動において、日本企業の大きな底力である現場力や「共助の精神」などが遺憾なく発揮された一方で、日本のものづくりが大きな危機にさらされていることも確かだ。毎日新聞は4月末に主要120社へのアンケートを行ったが、節電等で業績・雇用に影響が出ると答えた企業が17社、海外への拠点移管など、事業体制に変更が生じると答えた企業が24社あったという。生産移転を行う日本企業を、優遇措置を設けて誘致しようという海外の動きも非常に気になるところだ。
最も懸念されるのが、世界的な部品・素材サプライチェーンにおける日本の地位の低下である。たとえば震災後、自動車・家電向けのマイコンの受注が台湾企業に流れているという話がある。これまで重要部品の供給を日本に頼ってきた海外ユーザーが調達先を変更しうるリスクを考慮し、新たな戦略を構築する必要がある。
だが、これについては、日本企業の迅速な回復ペースが戦略的に功を奏しているという一面もある。詳細は省くが、海外ユーザーにしてみれば、日本メーカーの生産回復ペースが早ければ早いほど、日本の生産正常化を待つのが得か、日本製品と同等の製品を他国企業に作らせた方が得かという算盤勘定の話になってくるからだ。とはいえ今後、日本国内の電力事情が、各企業の本格的な生産回復や事業継続のうえで大きなリスク要因になる可能性も否定できない。
工業製品にも深刻な風評被害が
同第3埠頭を別角度からみたところ。がれきおよび津波で流された船・自動車などの撤去がかなり進んでいたが、破壊されたままになっている構造物も少なくない
5月26日、福島県いわき市の小名浜港に足を運んだ。私事で恐縮だが、昨年の大晦日と今年の元日を、家族・親戚とともに同市内の某ホテルで過ごしたばかりである。それから半年ほど経って目にした光景に、「これが同じ小名浜港なのか」と一瞬とまどいを覚えた。
いわき市は、08年の製造品出荷額等が約1兆989億円と東北1位を誇る東日本有数の「ものづくりの街」。今回の震災では、沿岸部の津波被害が甚大だったこともあり、5月27日現在で305人が亡くなっている。「首都圏からの物資搬入はいわき近隣までは来るも、放射能汚染を心配し、いわきに入ってこない」などの情報を、3月中から市内在住の複数の方よりいただいていた。一時期、物資の搬入が途絶えた同市の皆さんが受けた苦労は、想像するに余りある。
5月上旬に、いわき商工会議所の担当者に話を聞いたところ「約1万5000を数える市内事業所のうち、やっと半数が営業や操業を再開した状態。4月11、12日に起きた震度6弱の余震の影響で、施設の復旧を中断せざるを得なくなったところも数多くありました」という。まだ、事業再開のめどが立たないケースも多いなかで、地元企業はなんとか雇用を続け、従業員に給与を払い続けている。だが、もともと体力が弱っていた中小零細企業では、従業員を解雇せざるを得ないケースもあるとのことだ。
「福島県だということだけで、深刻な風評被害に遭っています――」
福島県内のある自治体職員が寄せて下さったメールには、こう記してあった。
すでに報道でも伝えられているが、福島第一原発の事故による放射線風評被害は、農水産品だけでなく工業製品にも及んでいる。放射線の影響を懸念する取引先から、注文を取り消されたり、取引を停止されたというケースも報告されている。
いわき市内のある電機メーカーでも、海外の顧客先から「製品出荷時に放射線量測定証明書を添付すること」という要請を受けた。また某大手企業が市内に置いている事業所では、製品が日用品・家庭向けであるがゆえに、放射能が敬遠され、稼働率が数割にとどまっている。福島第一原発から放出された低濃度汚染水の影響で、事業再開が危ぶまれている企業もある。前出の担当者は「国内では、工業製品に対する風評被害については徐々に理解されるようになってきたが、海外の目が非常に厳しい」と話す。
福島県では福島県ハイテクプラザ、ハイテクプラザいわき技術支援センターのほか、いわき市環境監視センターなどで、工業製品の残留放射線の測定および相談を受け付けている。だが製品の大きさや形状によっては、測定が難しい場合があるという。製品の構造上、部品をばらして測定できないものもあり、液体・食品は測定できないといった制限も。「こういう事態を想定した規定ができていない。大企業は測定器を自前で購入して対処しているが、本来は国がきちんと対応すべきだ」という指摘もある。
いまこそ、ものづくりの基盤を強化するための議論を
小名浜臨海工業団地では、広範囲にわたって道路や塀が破壊されている箇所もみられた
ところで、今回の震災で「世界的な部品・素材サプライチェーンにおける日本の強さが改めて浮き彫りにされた」という報道が数多くみられた。逆説的ではあるが、そのサプライチェーンを支える日本の中小・中堅企業が手がけるものづくりの国際競争力の高さが、この震災を機に証明されたともいえる。事実、規模の小さな企業でも、顧客の評価が高く、その分野では世界に誇りうる仕事をしているというケースは、枚挙にいとまがない。
だが、とくに資本力に乏しい中小ものづくり企業が抱える、
- 自社の技術、シーズをどう高めていくのか
- ものづくり現場の技能をどう高め、継承していくのか
- 商品開発・営業面でいかに市場にアプローチし、「売れる」ものづくりを行っていくのか
- これらの企業活動を支える基盤として、いかに経営体質を強化していくのか
などの問題は、ずっと置き去りにされてきたままだ。
理想論を言えば、これらは企業が自助努力で取り組むべきことかもしれない。だが、もとより1中小企業にできることは限りがある。「仕事を回しているだけで手一杯」というのが、少なからぬ中小ものづくり現場の実情だ。「2005年以降、のべ3万件以上の製造業が消滅」したという、今年2月に帝国データバンクが発表したリサーチもある。
ところがこの期に及んでも、震災で大きな影響を受けた日本のものづくりの基盤をどう強化していくのか、という議論がほとんど聞こえてこない。むしろ今回の震災を受けて、以前から進んでいた海外への生産移転の動きに、いっそう拍車がかかる恐れがある。
このまま日本のものづくりを、空洞化するに任せてよいのか。
製造業に従事する就業者数は、日本の全就業者数の17.1%を占める1073万人である(2009年労働力調査)。激変し続ける競争環境に対応し、いかに国内のものづくり、および雇用を守っていくのかという国家レベルのグランドデザインを描くことが必要だ。
プロフィール
ジャーナリスト 加賀谷貢樹
1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/
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