【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(23)

掲載日:2015年1月23日(金)5:00

カテゴリ:[アジア・新興国]

チッミャイン夫妻。現地調査に同行した研究者や学生も温かくもてなしてくれた(2001年筆者撮影)
チッミャイン夫妻。現地調査に同行した研究者や学生も温かくもてなしてくれた(2001年筆者撮影)

 ■現代史生きたチッミャイン長老

 2014年4月、チャウセー郡ティンダウンジー村のチッミャインさんが亡くなった。享年92。村で最高齢の長老であった。ミャンマー語辞書でルージー(長老)を引くと、「年長者」のほかに「地域のリーダー、重要人物、尊敬される人」といった意味があることがわかる。彼はそのすべてに当てはまるような人物だった。イギリス植民地時代に生まれ、日本占領期、独立後の議会制民主主義期、社会主義期、軍政期、そして民主化期と、ミャンマー近現代史とともに生きた人でもあった。

 ◆従軍、僧侶、農民

 チッミャインさんは1922年に中部ミャンマーのメイッティーラで生まれ、20歳の頃、当時日本軍の支配下にあった近くの飛行場に出入りするようになった。それが縁で日本軍の補給係として雇用される。彼は故郷を離れて従軍し、カチン州のインド国境近くまで行ったという。ここから日本軍は敗走し、マンダレーを経由して、チャウセーにあるこの村も通過して逃げていった。村の古い煉瓦(れんが)造りの建物には今も当時の銃痕が残っている。

 チッミャインさんはここで日本軍と別れ、村の僧院で得度して僧侶になった。これが縁で、村の比較的裕福な農家の娘、ティンフラインさんと出会い、還俗して農民になった。ミャンマーでは僧侶と俗人との間の往来は自由であり、このような事例はごく普通のことである。

 独立直後、村は白旗共産党に統治されたが、ほどなく中央政府の治世下に入った。どちらも農地改革を行おうとしたが、チャウセー周辺では失敗に終わった。チッミャイン夫婦の農地も取り上げられることはなく、村の農地配分は不平等なまま今日に至る。農業だけでも十分に暮らしていけたが、チッミャインさんはヤンゴンにタマネギやトウガラシを出荷して財を成していった。

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