株式会社デフィ 代表取締役社長 秋山美樹

公開日:2018年8月2日

卓越した販売力と人脈を武器に富裕層ビジネスを展開

どんな事業を行っていますか?
世界の政財界のエクゼクティブや、世界的に活躍しているスポーツ選手、俳優、芸術家などの著名人との人脈を活かし、富裕層向けの商品の販売やマーケティング、人材マッチングを手がけています。
取扱商品は、スーパーヨットを始めとする自家用船舶やプライベートジェットなどの自家用飛行機、高級外車、高級宝飾品等で、当社はそれらの代理販売業を行っています。
富裕層向けのマーケティング事業は、当社が保有する人脈に対して、商品やサービスの提供を希望する企業への販売支援。当社では海外の富裕層から直接、「日本のこんな素晴らしい商品を、あなたのネットワークで探してきてもらえないか」と依頼されることが数多くあります。
また、当社の人材マッチング事業は一般の人材紹介とは異なり、商品やサービスを探している富裕層のお客様に対し、私たちが知り得るネットワークの中で、最適な人物や業者を紹介するサービスです。
インタビュー:ジャーナリスト 加賀谷貢樹
モナコと日本を拠点にビジネスを展開しています
1年の半分をモナコで過ごし、ビジネスを行っています。
モナコ公国は東京ディズニーリゾートとほぼ同じ面積に約3万8000人の人口を持つ国。同国に代々住んでいる生粋のモナコ人は約7000人で、残りは同国のプライベートバンクに多額の預金を行い、居住権を得ている外国人です。
その意味で、モナコに住んでいる外国人は世界でもトップクラスの大富豪であることが多く、彼らとの普段の交友関係が、そのまま私の仕事になっているともいえます。
日本でも富裕層向けのビジネスに関心がある方は多いと思いますが、1台数十億円や数百億円もするスーパーヨットやプライベートジェットの顧客になり得る超富裕層が、モナコには数多くいるのです。
経営者になろうと考えたきっかけは何だったのでしょうか
私の家族や親族にはサラリーマンがほとんどいません。私が物心ついた頃には、皆が何らかのビジネスを手がけていました。
とくに私の父は三男でニット製造会社を経営していましたが、事業が時代に合っていたこともあり、成功を収めていました。
父は新しいことが好きで、さまざまなビジネスを手がけており、私自身、新しいビジネスをスタートさせるのは凄いことだと思って父の姿を見ていました。でも、父が興したビジネスの中には、ある意味で先見の明がありすぎ、時期尚早な事業があったことも確かで、父は事業の多角経営に失敗してしまったのです。
ビジネスを成功させるためには、当然ながら新しいことに敏感でいなくてはならないが、新し過ぎることに手を出してはならない事。常に客観的に判断できる冷静さが必要なのだと言うことを、父の姿を見て学んだ気がします。ですから私自身のビジネススタイルも、幼い頃から培われているものが、間違いなくあると思います。
そういう意味では、市場のないところで一生懸命にビジネスを行っても駄目で、何か事業を動かすなら、市場が右肩上がりのところに自分を置いてスタートするのが正しいということは幼い頃から理解していました。
学生時代、アメリカの大学に留学しています
アメリカに行きたいという思いは、小学校の低学年頃からありましたね。テレビで日本人駐在員の同世代の子どもたちが流暢な英語を話すのを見て、憧れと共に悔しさを感じ、それが大きなモチベーションとなって英語学校に通い、努力の甲斐あって無事にアメリカの大学に入学することができました。
アメリカの大学では日本人同士が固まり、コミュニティを作っていましたが、「これでは英語が上達しない。日本人同士で遊んでいるような贅沢な時間は私にはない」と考え、あえて日本人学生と距離を置いてアメリカ人と付き合っていました。その甲斐あって、英語は約3カ月で、ネイティブスピーカーと不自由なくコミュニケーションが取れるようになったのです。
その当時、父のビジネスが失敗し、母も大変な思いをしていたので「自分が頑張って勉強し、経営を立て直す。自分が成功しなければいけない」と、私はその頃思っていました。
秋山社長の圧倒的な販売力を支えている、日本人離れしたコミュニケーション能力のルーツは、そこにあるのですね
たぶん多くの人は、まず英語力があれば、外国人と問題なくコミュニケーションを取れるようになると考えていると思います。ところが日本は、他国に比べて知的レベルが高いにもかかわらず、異文化に度胸良く飛び込んでいける人が、きわめて少ないのが現実です。
日本には、あまりでしゃばってはいけないという文化的な慣習がありますが、国際社会ではむしろ、でしゃばらないと駄目なのです。
私の場合は、アメリカの大学に行ってから、もともとの性格に拍車がかかったようで、国際社会で多くの人とすぐに仲良くなれることが大きな強みになりました。モナコの友人たちも、私のことを「日本人だと思ったらびっくりしますよ」という触れ込みで、多くの人に紹介してくれています。
日本人もしくは日本の女性はこうだというイメージがある中で、彼らは私を珍しい存在だと思ってくれているようで、まさに「友達が友達を呼ぶ」という好循環に恵まれています。
帰国後、語学力を活かして外資系企業に勤務し、エクゼクティブの秘書などを務めたあと、1996年にデフィを設立し、自身の販売力を活かせるビジネスの開拓に挑み続けています
当初、ブライダル事業で会社を興したのですが、それは私自身の結婚がきっかけです。
当時は、今で言うブライダルコーディネーターという職業がなく、日本で結婚式と言えば、ホテルでやるのが普通でした。でも私はアメリカ留学中に、アメリカの友人のウェディングに招待されたことがあり、「自分の結婚式もあのようにやりたい」という憧れを抱いていました。ところが、どこに頼んでも、私の思い描くような理想の結婚式をコーディネートしてくれる人がいなかったので、「自分がやるしかない」と考え、自分のウェディングを自分自身でコーディネートしたのです。
そこで「ブライダルコーディネートの仕事が日本にもあれば」と思い立ち、事業を立ち上げました。当社もこの分野をさらに追求していけば、もっと大きなビジネスになったと思いますが、私はそこで満足できず、より自分の販売力を発揮できるビジネスはないかと模索し続けたのです。
そして、次に取り組んだのが宝飾品販売です。私自身、宝石が大好きで、宝石が自分にとって身近な存在だったことや、私の弟が宝飾業界でも有名な職人として活躍していること、また、その当時は宝石がよく売れた時代でもあったことから、宝飾業界に将来性を感じて事業をスタートさせました。
物販からスタートアップ企業のIPO支援、富裕層向けビジネスと、さらに事業が変遷しています
宝飾品販売を始めたことで、ビジネスのスケールは大きくなりました。ところが、物販ビジネスは営業マンを多数雇い、商品を大量に販売して初めて大きくなるのであって、市場のパイも決まっていると思います。
そうした中でビジネスをどんどん拡大させて、大企業を作った経営者の方々は凄いと思いますが、私は考え方が少し異なり、同時代の人がやらないことを手がけるほうが、ビジネスは大きくなるという信念を持っています。
ちょうどその頃、私が注目したのはITビジネスの分野。当時、アメリカでは既にITビジネスが活況でシリコンバレーに住む信頼できる友人や投資家たちも注目していました。そのような状況でしたので私も必然的に「今後はITビジネスの時代」だと自然に思うようになりました。
私は技術的なことはよくわかりません。技術について一生懸命に説明を聞くのですが、半分理解できたかなという程度。でも、そこでピンと来るビジネス的な勘は鋭いとよく言われます。
IT分野のスタートアップ企業に対する支援としては、さまざまな人物をつないでご紹介する中で、資金調達のお手伝いをしたり、M&Aに関わることもありましたが、それはそれで非常に楽しかったですね。
でも私は1つのことにあまりこだわるタイプではなく、時代時代で「これから来る」と感じたことを、世間に先駆けて手がけていくことをモットーにしています。こうした中で、冒頭で述べた富裕層向けのビジネスをスタートさせました。
東日本大震災が大きな転機になったそうですね
当時、あれだけ悲惨な出来事が目の前で起きたことは、私にとっても大きなショックでした。
寄付を行い、被災者や被災地への支援を行うなど、自分にできることはすべてやってみたものの、「このまま皆で落ち込んでいたら、日本は元気になれないのではないか」と私は考えたのです。
私は1人の日本人として日本が大好きで、学生時代、アメリカの大学に留学した経験も持っています。だから、もう一度海外に出て、「外から日本を元気にするにはどうしたらいいのかを考えよう」と、私は思い立ちました。
そうは言っても、私一人でどこまで出来るのか、という思いはありました。だけど、今動けるのは自分しかいない。そこで、個人であってもその力が個人を遥かに凌駕する力を持った個人、つまり財力、人脈、経験を有した超富裕層と繋がれたら、私一人でも日本を元気にする様な『大きな事』が出来るのでは無いかと考えたのです。
元々、圧倒的な行動力とコミュニケーション力で、一人でビジネスを切り拓いてきたタイプですから抵抗はありませんでした。翌週には超富裕層の集う聖地モナコへと飛んでいました。あれから7年が過ぎ、この選択は正しかったと確信しています。
最終的に成し遂げたいことは何ですか?
今日本では、より多くのお金がより良い形で動き、経済や社会が活性化され、雇用も生まれるような何かに取り組んでいく必要があると思います。
折しも最近、数多くの外国人が「日本食が好き」とか「日本が大好き」と言って観光に訪れています。中でも欧米人には、日本にまとまった期間滞在し、多額のお金を落としていってくれる富裕層も少なくありません。
こうしたなか私は、日本を元気にするような『大きな事』を実現したいという夢を持っています。『大きな事』を実現するためには、圧倒的な資金力に加えて圧倒的な人脈が必要で、この夢の実現のために、私はモナコで日々人脈づくりや信頼づくりに励んでいます。
私を応援して下さる皆様に「Time Rich(豊富な時間)」「Money Rich(豊富な資金)」「Friend Rich(豊富な友達)」の「3つのRich(豊かさ)」を手に入れて頂きたいのです。どれが欠けても決して幸せな人生とは言えません。少しでもお役に立てるよう今後も全力で世界を飛び回ります。
インタビュー:ジャーナリスト 加賀谷貢樹

山梨県生まれ。米国Brewton Parker Collegeを卒業後、日本に帰国。語学力を活かし、「一流と触れ合う機会づくり」を徹底。当時はまだ英語を使いこなせる人材が少なく、一流外資企業のエグゼクティブたちとの接触機会に恵まれる。1996年、株式会社デフィを設立し、ブライダルサービス事業を展開。2004年、社内事業として宝飾販売サービス事業を開始。2005年、シリコンバレーで投資サービス事業およびIPO支援事業を開始。2014年に富裕層向けサービス事業を開始し、現在に至る。

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