松本タカ子社長
夫の介護をきっかけに、起業の道を歩むことになった人材派遣会社、エムケービジネスサポートの松本タカ子社長。45歳以上の中高年が90%を占めるという中高年の再活用のビジネスモデルが特徴だ。年金の受給年齢引き上げ論議をにらみ、働く人たちが「職業人生50年時代」の到来を覚悟せざるを得ない中で、中高年のやる気をもう一度奮い立たせることができる松本社長の手腕や、中高年の実務経験や専門能力が評価され、派遣先を拡大している。
厳しいスタート
夫が病で倒れた後の職探しで、正社員が難しいのはもちろん、派遣でも40代以上の中高年を受け付けない現実に直面した。金融機関で働いていた経験が買われて、システム会社の経理の職を得ることができ、その後、転職して派遣会社でテレアポ業務(電話による勧誘・注文受け付けなどの電話勧誘販売)の派遣を受託し、派遣業務全般の運営や管理を任された。中高年たちの働きぶりに胸を打たれ、「中高年を必要としている職場は必ずあるはず」と確信し、自らの手で派遣会社の起業に踏み切った。
「運が悪いことに起業した年は、ちょうどリーマン・ショックと重なり、厳しいスタートになった」という。しかし、登録者の能力を把握し、派遣先とのミスマッチを防ぐ堅実な経営が実績を積み上げ、リストラされた中高年たちを立ち直らせる“再生工場”として評判を高めている。
例えば、こんなことがあった。大手電機メーカーで1000万円の年収を得ていたエリートサラリーマンがリストラに遭い、職探ししていた。曲がったネクタイと丸まった背中を見て、自信とやる気をなくしていることを見抜き、こう激励したという。「私の夫は病に倒れ、妻や子供たちのために働きたくとも働けない。あなたは、丈夫な体があるんだから、立ち上がって、もう一度胸を張って働くことができるじゃない」
年収は半分以下になったが、保険会社への職が見つかった。「ここで頑張れば、年収を上げられるはず。トップを取って年収1500万円に上げてもらえばいい。あなたならきっとできる」と背中を押した。この登録者は、保険会社で奮起し、トップクラスの成績を取るまでにやる気を取り戻したという。
しばらくして、東日本大震災が発生し、保険の重要性を認識したこの男性は、自分の仕事が持つ社会的意義に後押しされ、毎日仕事に励んでいるのだという。
まさに相乗効果
また、「核家族世帯の子供たちにおじいちゃん、おばあちゃんと触れ合う場を提供する」ために取り組んでいる保育補助派遣では、こんなことがあった。 認知症を患った夫の介護のため、病院通いをする妻が、保育補助の仕事を求めてきた。
「送り迎えの2時間だけでも、子供たちと触れ合いたい」というのが動機だった。しかし、介護疲れが表情に出ており、「難しいかな」と心配していたのだが、「1日だけでもいいから、体験させたいとの思いから」と保育園にお願いした。すると、ピンクのエプロンを着たその女性になつく子供がいたという。その子は、保育園の先生たちが手を焼くほどのやんちゃな男の子だったが、その高齢女性に対しては、気遣いやいたわりを見せたのだという。
保育園の先生たちは「あの子を見ててくれるなら、仕事に余裕ができる」。また、女性は介護を家族で分担する心の余裕もでき、何よりもやりがいを得ることができた。まさに相乗効果だった。
「派遣という働き方の是非が問題になっているが、高齢者こそ、派遣に向いていると思う」と松本社長はいう。年金受給世代の登録者が、培ってきた経験を若い人たちに惜しまず伝えることで、世代間に横たわる年金受給の不公平感が緩和され、若い世代も高齢世代も、生き生きと働ける社会が築けると松本社長は信じている。(小島清利)
≪Q&A≫
高齢者が介護し合う施設を
--保育補助の派遣を始めた理由は
「待機児童の問題で、認証保育園などの民間保育は増えているが、保育士は不足しているのが現状だ。現場では、児童の登園や帰宅時など短時間だけの保育補助が必要だということを知った」
--今後、取り組みたい分野は
「人生経験も業務スキルも豊富な中高年に任せられる仕事はまだまだある。週2、3日だけとか、一時的に人手が足りない時間帯で中高年が活躍できる仕事は数多くある。保育、医療、看護、介護、教育などの人間力が必要な分野で中高年が活躍できることをアピールしていきたい」
--頭に描いている計画はあるか
「60歳が80歳をケアする介護施設をやりたいと模索している。60代に軽度の生活介助を担ってもらって施設職員の負担を軽くし、施設で働く60代は収入と年金からの積み立てで将来は優先的に入所できるような仕組みを考えている」
--その狙いは
「高齢者の介護現場は仕事がきつく、厳しいし、給料も安いといわれている。高齢者が介護を互いにシェアする仕組みを自前で作れば、介護現場の職場環境も改善されるはず。協力者や知恵を貸してくれる人と力を合わせて、何とか実現したい」
【プロフィル】松本タカ子
まつもと・たかこ 高校卒業後上京、金融機関に勤務。45歳のとき夫が脳出血で倒れ、介護生活になったことをきっかけに派遣社員として働き始める。そのときに職探しの苦労を経験し、人材派遣会社を設立。62歳。
◇【会社概要】エムケービジネスサポート
▽本社=東京都千代田区九段北1-6-5 第1フクハラビル2階
▽資本金=1000万円
▽設立=2008年10月
▽従業員=4人
▽事業内容=一般労働者派遣事業、経理・財務・労務に関する事務代行業務など
「フジサンケイビジネスアイ」