「論語と算盤」で知られる埼玉県出身の実業家、渋沢栄一の起業家精神を受け継ぐベンチャー企業を表彰する「渋沢栄一ベンチャードリーム賞」。第5回受賞企業は新規性、独創性にあふれたビジネスモデルで地域経済を牽引する可能性を秘める。「社会の公器」としての自覚も十分だ。そこで受賞企業トップに評価された事業内容と今後の課題を聞いた。
大賞:医療機器分野のオンリーワン企業
メトラン代表取締役 トラン・ゴック・フック氏(日本名=新田一福)
安全性、安定性が求められる医療機器分野で新規性、独創性といったビジネスモデルが認められた
「1984年の創業以来、未熟児・新生児用の高頻度振動喚起人工呼吸器の研究開発に取り組んできた。この分野はわれわれが歩んできた26年の歴史そのもので、教科書もないなか暗中模索しながらゼロから立ち上げた。患者の命を預かる事業なので誰もやりたがらなかったが、1日も長く生きてほしいとの思いでリスクの高い事業に携わってきたことが評価された。うれしい」
「未熟児・新生児用の世界で、われわれのブランド『ハミング』はメトランの代名詞として知られている。医療機器メーカーの泉工医科工業で人工呼吸器の開発に乗り出したころ、通常の人工呼吸器は自発呼吸と比べ無理に圧力をかけて呼吸させるため後遺症が出たり失明したりすると悩んだ。そこで高い周波数で呼吸させるというタブーに挑み、流体制御技術で人工呼吸器をつくった。圧力ではなく振動で空気を送るので身体に負担がかからない。これを機に独立、現在の人工呼吸器(現在は6代目)を開発。この世界では『ハミングでないと治療は難しい』というのが常識となっている」
今後の展開は
「高頻度人工呼吸器を世界に普及させたい。まずは欧州に進出したい。ここで評価を得てから中国、インドに出す。また、在宅医療の需要拡大に対応し、小型軽量酸素濃縮機と睡眠時無呼吸症候群補助機を製品化。創業26年でベンチャーとはいえないが、今回の大賞受賞は高度医療機器から在宅医療機器へのビジネス展開がベンチャーらしいと評価されたかもしれない。酸素濃縮機は、日本の住宅事情にあわせて2.5時間のバッテリーを搭載したカートで運べるので、散歩したい、庭いじりしたい、旅行したいというニーズに応えられる」
在宅医療に展開したのは
「QOL(クオリティー・オブ・ライフ)の追求がわれわれの哲学でもある。救命だけではダメで、患者や家族の人生を考えた医療が大切だ。後遺症もなく健常者として社会復帰させたいと考えている」
独立・起業で成功するには
「メトランが今あるのは応援者がいたから。本当に助けられた。技術系ベンチャーは商売が下手だし、担保なしでの資金調達も厳しい。われわれは、ある金融機関から『光るものがある。面白いので応援する』といわれたが、金融機関が納得できる事業計画、商品の優位性、資本政策などを説明できなければダメだ」
会社概要
医療機器分野のオンリーワン企業
肺に優しい未熟児向け高頻度振動人工呼吸器を開発・製造し国内トップシェアを誇る。新たに在宅用医療機器を開発・製造。海外市場に焦点を当てた事業展開を目指す。
◇本社=川口市川口2-12-18(048・242・0333)
優秀賞:独創的ビジネスモデルで株式公開指す
ワイ・インターナショナル代表取締役 吉田靖夫氏
ビジネスモデルを中心とした評価による受賞は初めてという
「工業関係が受賞してきたと聞いていたが、流通系のおもしろいビジネスのやり方を説明できて手応えを感じた。評価された店舗展開だが、3月には東京・二子玉川と名古屋に出店する。二子玉川は女性を意識し、名古屋は扱っているスポーツ自転車の総合ショップというように地域事情に適した店舗を作ってきた。東京・上野にはウエア専門店もある。画一的ではなくすべて違う」
そうしてスポーツ自転車という新しい文化・市場を築いた
「スポーツ自転車を知ったのは約35年前で、それまではパンク修理などを行う普通の街の自転車屋だった。『趣味の世界。商売にならない』と同業者は誰も手がけなかったが、『面白い。やってみよう』と取り上げた。当時の専門店は自転車好きやマニアだったが、私は趣味でもなく冷静に企業化を判断できた。まずは啓発活動から始め、認知されるため東京に進出し、自転車レースや展示会なども開催した。特殊な世界かもしれないが、たまたま恐れずに自転車文化の構築に取り組んできたことがべンチャーといえるのかもしれない」
環境、健康ブームで自転車が脚光を浴びている
「経営理念は『自転車の世界を通じて地球を救う』。低炭素社会への貢献はわれわれが求めるところであり、最も地球に優しい乗り物である自転車の普及に努めたい。また、道路をスポーツ自転車が大手を振って走ることが認められるような自転車文化を作り上げたい。しかし、今は放置自転車の問題もあり、日本では自転車はむしろ悪のイメージが強い」
「あらゆる産業、業態、業者が自転車への熱を上げており、参入業者はいっぱいいる。とはいえ、自転車を店頭に置けば売れるという商品ではない。われわれには歴史と技術、ソフトの積み重ねがあり、競合店にならない。乗るための付帯商品、ファッションから練習方法、食事まで相談を受ける。また、身長や体重など体に最適な自転車の提案力も求められる。誰が現れてもスポーツ自転車の世界での地位はゆるがない」
若手に一言
「時代が悪いと自己弁護する若者が多いが、不思議だ。今こそ夢を持てる時代はない。好きなことは何でもできる」
会社概要
独創的ビジネスモデルで株式公開指す
単一コンセプトによらないスポーツ自転車専門店の多店舗展開という独自に事業モデルを構築。スポーツサイクル文化の普及。啓発活動を通じ低炭素社会への貢献を目指す。
◇本社=志木市本町4-4-26 (048・471・1513)
「企業は社会の公器」実践を
賞を主催する埼玉県創業・ベンチャー支援センター鈴木康之所長
主催者として今回の受賞企業をどう評価している
「将来への飛躍に期待し、『新規性』『独創性』『将来性』『市場性』に重点を置き選定したが、結果的に、注目されている成長分野の医療(メトラン、ヒラソルバイオ)や、広い意味で環境(ワイ・インターナショナル、共同技研化学)にかかわる企業が受賞した。各機関から推薦され応募した企業は38社(推薦が条件)で前年と大きく変わらない。ただ、例年ならITベンチャーが10社以上応募したが、今年度は3社と激減した」
景気低迷で企業経営は厳しい
「過去の受賞企業20社のうち2社が残念ながら債務整理や自己破産となり、ともに2008年8月に廃業した。ベンチャーとして急成長していた時期だけにリーマン・ショックによる経済環境の急激な変化の影響を受けてしまったと考えている。ベンチャーゆえにリスクはやむなし。ただ、再チャレンジの意欲を持っており、培ったノウハウを生かしてほしい。われわれも再チャレンジを支援するし、そうした風土を作っていきたい。チャレンジャーにエールを送る」
『創業するなら埼玉』を訴えている。埼玉発ベンチャーに求めることは
「渋沢栄一翁の『企業は社会の公器』を実践してほしい。利益に走るだけでなく、社会に受け入れられる企業の意識をもって大きく飛躍するのがベストだ。換言すると社会に受け入れられない企業は長続きしない。社会的役割を果たしてこそ企業は継続し、地域経済の牽引役になれる。こういう企業を積極支援する」
埼玉県は創業しやすい
「そのために県では産学官金連携を図っている。短期では企業の資金繰りを支える金融支援、中期では県外企業誘致による県内企業との連携、長期では未来への投資である創業・ベンチャー支援を進め、地域経済の活性化を目指す」
開業を目指す人や開業間もない人、新たな事業展開を目指す企業などを全力でサポートする埼玉県の機関。アドバイザーによる支援、「士業」専門家などの無料相談会の開催、各種セミナー・交流会の実施、販路開拓・マッチング支援などを行う。
◇所在地=さいたま市中央区上落合2―3―2 新都心ビジネス交流プラザ3F (048・711・2222)