新規事業開発における123(いろは)

第2回

第一話 「現状把握」と「思考プロセス」

亀川 賢治 2019年2月5日
 

新規事業を言葉にした場合、当事者の方々は、どんなイメージを抱くのであろうか?


まず、最初に考慮すべくは「身の丈」の自覚ではなかろうか? 


これまで、数多くの企業経営者(層)と直に接する機会はあったが、必ず幾つかの属性に分けられる気がする。まず、①自社の自慢を始め、風呂敷を広げるタイプ、これとは正反対に、②腰の低い空気感を出しつつ、自社の情報を隠すタイプ、そして、③何も語ろうとせず、相手(こちら側)の様子を観察し、必要以上に情報を欲しがる(要求する)タイプの3つのように思われる。 


それぞれのタイプの是非を問うわけでもなく、本来、経営者自身が孤独である以上、第三者とのコンタクトにおけるそのスタンス(立ち位置)がそうならざるを得ないのは、理解できる。なぜなら、それが自社のブランディングの一つと考えている場合も多いからである。むしろ、当たり前かもしれない。 


しかし、自社の発展や拡大を志向するのであれば、一番重要なのはその身の丈と、自身(自社)のポテンシャル(能力や可能性)を冷静かつ正確に把握し、自覚するべきである。経営者(層)は、素直に、現状の把握と情勢との関係性を理解する能力が必要ではなかろうかと思う。


大企業は、大手の名門のコンサルティング会社に依頼し、市場調査や中長期の戦略書の作成を依頼する。結果、数社のコンペ(比較)を実施し、費用予算の塩梅で、その役務を依頼し、アウトプットとしてのレポートを受取り、それをもとに何らかの意思決定を行う・・・などの場合が多い。


しかし、果たしてそれでいいのか?なぜなら、コンサルティング業界の情報ソースや分析手法は、まさにトレンドやキーワードが看板化されている。例えば、IT系の市場情報の情報ソースは、ほぼグローバル企業の数社に限られている。国内、国外問わず、大規模のコンサルティング会社はそこからその情報を購入し、独自の分析や見識を持つアナリストもコメントを加えて、独自のものとしてアウトプットしている。


これが間違いでもないし、悪いわけでもない。しかしながら、本題の、「自社の新規事業」の思考の起点は、まずは、「己を知ること」ではなかろうか?自社は顧客からどのように感じられて(顧客の感性)、どんな会社と思われているのか(顧客からの客観的評価)? 


意外に冷静に考えられていない場合が多いようである。一番わかりやすいのは、同一法人における経営者(層)と現場(社員)層との乖離(GAP)が大きい場合である。顕在化しているか、潜在的かは、別である。重要なのは、経営者(層)は、真に、社員の心境を把握しているのか、ということである。これができていない会社は、新規事業を検討する前に、組織の再構築(特に情報共有とコミュニケーション)を最優先に見直すべきである。なぜなら、「笛・太鼓を鳴らしても、誰も踊らない」状況につながるからである。経営者(層)と現場(社員)層との意思疎通(コンセンサス)が第一チェックポイントではないかと思われる。それは、自社の顧客との距離感・皮膚感覚につながるのではないだろうか?これが、第一段階の現状把握であり、そのうえで、目的と課題における論理的な思考が作動するのではないだろうか? 


次に、思考プロセスとして重要なポイントは?・・・

一般的に「顧客目線」とか「マーケットイン(orアウト)」とか・・・言葉は、様々に存在している・・・しかし、「新規事業」を考え、企画し、実行し、その結果を得るのは、誰だろうか?企業においては、経営者と従業員の企業組織体がその主体者であるはずである。顧客は、当然最優先されるべき存在だが、それは、相対する存在であり、何となく同じ感覚の共感や協業相手ではないのである。あくまでも、顧客は顧客であり、顧客は、ベネフィットが得られなければ、必ず離反する存在でもある。つまり、新規事業の主体者は、実行するその個人・法人となる。よって、その主体者の思考プロセスは、大変重要となる。 


 よく、「何か、新規事業のネタはないか?」と、雑談に上がるが、新規事業は「何をするのか?」ではなく、「何ができるか?」から考え、その時点での市場のニーズとの正誤性をどのように考え、「一貫性」と「継続性」の観点から、シナリオ化できるかどうかではなかろうかと思う。


このシナリオを創造する為に、公開データ、ハウスデータの精査・分析が最初のステップとなり、想定する関連業界やステークホルダーの情報収集を行う。そして、ある程度前述の情報が集まったら、ブレスト・アイデア出しの場を持ち、先のシナリオを立てるスタートを決める。経営者(層)はその作業を、部下に任せたり、一方的に、自分の考えだけで、指示する場面もあるだろう。


例えば、先にご紹介している「お茶」について考えると、「お茶」をどのように分解して考えるかである。「葉から熱湯をかけて出すお茶」なのか。ペットボトルの「お茶」なのか。


現在公開されているデータによると、日本国内の清涼飲料水の市場は、約4.2兆円規模で、アルコール飲料(ビール・日本酒・ワイン等全て含む)市場の約4倍弱もある。そして、出荷量から推察されるペットボトルの茶類飲料の市場規模は、1.2兆円となる。アルコール飲料市場とほぼ同等ということになる。


公開データからこのことに気づくと、様々な疑問が浮かんでくる。この状況で、消費者の「お茶」に対する感情(感覚)はどう推察すべきだろうか?先に記した通り、日本人の生活の中における「お茶」に対する文化的感覚は大きな変化と変遷が見受けられる。しかしながら、出来合いの清涼飲料水としての「お茶」の需要と消費は、衰える気配はない。では、なぜ日本全国で茶葉農家が激減しているのか?


生産当事者の声は、「事業継承そのものが、経営的に困難で、跡目に譲るとかわいそう・・・」というのである。何とも哀しい状況ではないだろうか。では、この経営的に困難な要因とは何か、ということである。様々な要因が挙げられるが、私見では、「原材料の生産と販売だけでは経営を成り立たせるのが厳しい」ということである。


第一次産業→第二次産業→第三次産業→第四次産業と鑑みると、段階的にその産業規模は大きくなる傾向がある。つまりこれは、何を意味するのか?それは、価値の付加である。この流れで段階的に付加価値が増大していく過程で様々なビジネスが生まれ、存在している。唯一異なるのは「金融」ではなかろうか。


話を戻すと、茶葉農家の本質的な課題は、価値を生み、付加するビジネス構造ではないということになる。と考えると、ここに新たな課題や問題が顕在化しており、その対応や解決策そのものが「新規事業」として位置づけられるのではなかろうか?すでに、この「お茶」については様々な取り組みやテストマーケティングは存在している。


茶葉農家の減少による、茶葉農家産業の斜陽の状況である事実に対して、飲料水として消費される「清涼飲料水」の業界は年率約7%の成長産業である。このまま、対岸の火事として眺めているだけでいいのか、という感情にかられる。


このような情報や状況を経営者も従業員も共有した上で、思考を始めるのべきではないだろうか?重要なのは、経営者も従業員も、その事業の主体者になることである。社内での声が大きかったり、実績があるという理由で、一個人にそのディスカッションの主導権を持たせてもいけない。要は、必要なアイデアや閃きをどうやってうまく拾い上げるか、そして、どうやって皆で共有できるか。単純な情報の共有ではなく、新たな挑戦に対する皮膚感覚や空気感の共有である。


あなたの周りに、それが促せる気の利いたモデレーターや相談相手はいるだろうか?もしくは、このようなコミュニケーションの場面や仕組みを検討しているだろうか?


そして、どのように思考を複数・並行化して進めるのか、その場面においてはリーダー的存在は必要だが、これまでの柵や地位・立場・職種・性別・年齢・国籍等は全く関係なく、平等な目線であることが重要だと考える。結果、これに関わったメンバーは、そこで出た言葉、仮説、シナリオより、一つの方向性を見出すことができるのではなかろうか?


新規事業には新たな価値創造が大命題であるが、それ自体、社内外に受け入れられるかどうか、そして、市場においても陳腐な物事ではないかどうかを考えることで、この思考プロセスの質と価値を問うことにもなる。


(次回に続く) 

 
 

プロフィール

株式会社LYST
代表取締役 亀川 賢治


半導体製造装置の販売に従事。電子立国の日本の技術を支える最後の時期に、16M/64M DRAMにおける国内の各地の製造ラインへの導入を経験。


「インターネット」黎明期に、下流でのIT機器関連の業界に移動。ここでデジタルCMS(Color Management System)を学び、OEM先での販売促進活動として「カラーマネージメントセミナー」を展開。


その後、機会を得て、インターネット業界(Web1.0)へ方向転換。スポンサー企業の支援で、新会社設立。第一次ドットコムブームにおいて、ウェブビジネスを経験。コンサルティング的方向性を模索しつつ「ハンズ・オン」による「仕掛け人」的現場実務を重視し、評価・評論だけのコンサルティングではない新たな挑戦を続ける。

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