ドラッカーから起業を学ぶ
第31回
苦労にではなく成果に注目する
「少しご相談しても良いでしょうか?」
「もちろんです。」
「私は仲間と一緒に起業しました。二人の力を合わせれば、お互いの強いを生かせると思ったからです。」
「なるほど。」
「しかしパートナーは、楽しむことを優先しているような気がします。起業は辛いことに耐えてこそ、成功できるのに。」
「そう思われるのですか。」
「なので、起業で起きる面倒ごとは私が担当することになります。それに少し、というか、かなり不満を持っています。」
「なるほど。」
「そのパートナーさんは、あなたが期待する仕事を果たし、成果をあげているのですか?」
「それは、あげています。売上の大半は、彼の働きによるものです。期待以上とも言えます。」
「それなのに、なぜ不満なのですか?」
「起業に伴う苦労の分担が、不公平だと思うからです。彼は、起業の楽しい部分ばかりを担当しています。私は、起業の苦しい部分を主に担当しています。収入は折半ということになっていますが、苦労に対する報酬が無視されていると思い、不満を感じてしまいます。」
報酬の源泉
「なるほど。ところでドラッカーは、報酬は何に対して支払われるべきだと言っていると思いますか?」
「私の言いたいところは、まさにそこです。報酬とは、苦労に対して支払われるべきものでしょう?」
「いえ。ドラッカーは、報酬の理由は成果にあると言っています。」
「確かに、売上がなければ報酬の原資はありませんからね。しかし、苦労は報酬の対象にはならないのですか?」
「ドラッカーの考え方からすると、そうでしょうね。」
「そうですか。1番の応援団に裏切られた感じです。」
苦労ではなく成果に注目する
「そうですか?私は、ドラッカーの言葉は田村さんを裏切ったことにはならないと思いますよ。」
「えっ、そうなのですか?私は、私の苦労を全否定されたような気持ちになったのですが。」
「いえいえ。田村さんは、ご自分の仕事について、苦労という側面に注目されています。しかしドラッカーは、同じ仕事について、成果という側面に注目するように提案しているだけです。田村さんの仕事を、全否定しているわけではありません。」
「なるほど。」
「『楽しんで仕事をしよう』という言い方がありますよね。そういう職場で仕事した時に、報酬を与えられる理由は楽しむことですか?成果でしょうか?」
「もちろん、成果です。」
「同じことなのですよ。苦労しながら仕事をした。報酬を与えられる理由は、やはり成果にあるということです。」
苦労したことによる成果を顕在化する
「分かりました。でも、割り切れない思いですね。それだと私の方が不利なのではないでしょうか?」
「不利?どうしてですか?」
「私がやっている仕事の多くが、トラブル処理などの、直接的には利益を生まない活動だからです。」
「でも、それをやらなかったら契約が破棄されてしまうのではないでしょうか?もしくは違約金を払わなければならなくなるとか。」
「まさにそうです。だからこそ、私はその仕事をしているのですから。」
「だったら、あなたの仕事も成果を出していますよ。そちらに注目するのはいかがですか?」
「そう言われてみれば、そういう考え方もありそうですね。」
成果に注目して、モチベーションを高める
「あなたの収入が苦労の対価だと考える方が良いのか、それとも成果の対価だと考える方が良いのか、モチベーションの観点から考えてみませんか?」
「モチベーションという観点ですって?どのようなことですか?」
「いえいえ、難しい話ではありません。あなたが今の仕事について、もっと生きがいを感じて取り組もうとするならば、あなたの報酬は苦労の対価だと考えた方が良いのか、成果の対価だと考えた方が良いのかという意味です。」
「それはもう、成果への対価でしょうね。」
「そうなんです。人間は、自分の仕事が成果を出していると思えることがモチベーションに繋がるのではないかと思います。」
「苦労では、モチベーションの出しようがないですからね。」
「そうなんです。とすると、田村さんの場合は、どうすれば良いのでしょうか?」
「私が苦労してリカバリーしたトラブルなどをきちんと評価して、成果を明らかにすることでしょうか?」
「それは良い方法だと思います。その結果を、パートナーは認めてくれそうですか?」
「認めてくれそうな気もします。売上だけで見ると明らかに私の方が少ないのに、報酬は折半を認めてくれていますから。」
「そうですか、それは良かった。では、まさに、田村さんのモチベーションを高めるために、ご自分の仕事について苦労ではなく成果に注目された方が良さそうですね。」
「自分の仕事に、自信が湧いてきました。ありがとうございました。」
コラムドラッカーから起業を学ぶ
- 第1回 起業家が最初に考えなければならないこと
- 第2回 ビジネスモデルのブラッシュアップ
- 第3回 顧客との関係を築く
- 第4回 ビジネスパートナーとの関係も築いていく
- 第5回 ミッションとビジネスモデルの関係
- 第6回 なぜ計画を使うのか(前編)
- 第7回 なぜ計画を使うのか(後編)
- 第8回 ドラッカーが勧めたフィードバック
- 第9回 副業を考えた時
- 第10回 ビジネスモデルから体制作りへ
- 第11回 マーケティングを始点とする
- 第12回 競合がないのは良いことか
- 第13回 暗中模索で使うPDCAサイクル
- 第14回 5つの質問で詳細を固めていく
- 第15回 5つの質問から顧客にとっての価値を深掘りする
- 第16回 PDCAのサイクルを臨機応変に設定する
- 第17回 従業員を取り込んだ事業モデルを考える
- 第18回 社会を取り込んだ事業モデルを考える
- 第19回 誰からどのように資金調達するかを考える
- 第20回 マーケティングを始める
- 第21回 なぜドラッカーから学ぶのか
- 第22回 なぜドラッカーから学ぶのか(ユニークな体系)
- 第23回 オペレーションが先か、マーケティングが先か
- 第24回 顧客を創造する方法
- 第25回 イノベーションで顧客を創造する
- 第26回 恐怖によるマネジメントと方向合わせによるマネジメント
- 第27回 マネジメントの方法
- 第28回 人材育成というマネジメント
- 第29回 プロフェッショナルのネットワーク
- 第30回 状況を前提にした戦略を練る
- 第31回 苦労にではなく成果に注目する
- 第32回 マネジメントのシステム化
- 第33回 方向合わせマネジメントで自己管理目標の実現を支援する
プロフィール
StrateCutions (ストラテキューションズ)
落藤 伸夫
(StrateCutions代表)ドラッカー学会会員
中小企業診断士を目指していた平成9年にドラッカーに出会って以来、ドラッカーの著書をいつも座右の銘にしてきました。MBAを取得し、コンサルタントとして活動するにあたっても、企業人が考え行動する基本はドラッカーにあると感じています。ドラッカーの教えは、時には哲学的に思えることがありますが、企業が永らく繁榮するとともに、社会にある人々が幸福になることを目指していると思います。お客さま、社会、そして自分自身の「三方良し」の構図を作り上げることにより起業の成功を目指すドラッカーの知恵を、お楽しみ下さい!
<著書>
『ドラッカー「マネジメント」のメッセージを読みとる』