ドラッカーから起業を学ぶ
第25回
イノベーションで顧客を創造する
「ドラッカーは、企業の目的は顧客を創造することだと言っているそうですね。付加価値を生んで利益を出すことではないのですか?ドラッカーの言っていることは、方向違いのように感じてしまいますが。」
「そうおっしゃるお気持ち、分かるような気がします。私もドラッカーを初めて読んだ時は、そう感じましたから。しかしドラッカーからの学びを重ねるうちに、ドラッカーがこのように主張する意味も、また分かったような気がしています。」
「どういう意味ですか?」
利益を出すためのアプローチ
「ドラッカーが『企業の目的は顧客を創造すること』と述べている前段には、実際には書かれてはいませんが『企業とは付加価値を生むことで社会に貢献し、一方で利益を得て従業員に分配することで従業員を支え、また自社のこれからの事業継続を可能にする存在である』という言葉が隠れていると思うのです。」
「ほう。それはどういう意味ですか?」
「つまり『付加価値を生んで利益を出すという目的を実現する方法は沢山ある。中でも、顧客の創造というアプローチを選択すべきだ。だから、これを企業の目的だと位置付けた』と、ドラッカーは主張したいのではないかと思うのです。」
「顧客の創造とは異なるアプローチとは、何ですか?」
「例えば顧客の奪い合いがあると思います。従業員からの搾取も、あるでしょう。社会を騙して儲けようとする者さえ、あるかもしれません。」
「残念ながら、そういう例に窮することはありませんね。」
「そうなんです。だからこそドラッカーは、そういうアプローチではなく、顧客の創造というアプローチを採ることの重要性を強調したかったのだと思います。」
「なるほど。」
顧客の創造=買わずに済ませていた人に、買ってもらう
「しかし『顧客の創造』という言葉は、少し難しすぎやしませんか。もう少し判りやすい言葉で表現してもらいたかったと思います。」
「本当に、おっしゃる通りですね。私も最初、そう思いました。だからちょっとした言い換えを考えたんですよ。」
「どんな?」
「『今まで買わずに済ませていた人に、喜んで買いたいと思わせる工夫をする』という表現です。」
「なるほど。でも、もう少し説明してください。」
「少し遠回りしてご説明しますね。ドラッカーは、社会というものをとても大切に思っていたと感じられます。そこに存在する人々が幸せになれる、そういう社会です。」
「これは随分と、遠回りした説明ですね。そう思われた理由は、何ですか?」
「社会が幸せになるためには、例えばどんな方法があるでしょう?」
「うーん。難しい質問ですね。何やら哲学的な。」
「そうなんです。まさに哲学的なアプローチで、ドラッカーは社会の幸福を考えたのではないかと思います。構成員各々が『自分は他人のお世話になんか、なっていない』と考えている社会と、『自分は他人のお世話になっている』と考えている社会の、いずれが幸せかということです。」
「多分、他人のお世話になっていると考えている社会でしょうね。」
「そうなんです。例えば『自分でも食事は作れるけれど、プロの食事はもっと美味しいからお世話になろう』なんて思いですね。」
「なるほど。『自分でも食事は作れる』と皆が思っている中、『プロの食事はもっと美味しいからお世話になろう』と思わせることができたら、それが顧客の創造だと言いたいわけですね。」
「そういうことです。」
マーケティングとイノベーションで顧客を創造する
「このように顧客を創造するためには、何ができると思いますか?」
「自分が提供出来る製品やサービスが、相手の要望にマッチしていることを伝えることでしょうか。」
「そうですね。ドラッカーはそのことを『マーケティング』と言っています。」
「なるほど。」
「そしてドラッカーは、もう一つ、相手の要望にマッチする製品やサービスがない場合に、それを実現して提供するアプローチがあるとも言っています。それが『イノベーション』です。」
「ほう。イノベーションとは『技術革新』のことだと思っていたのですが、違う意味もあるのですね。」
「今までなかった製品やサービスを実現するという意味では、同じことを指しているのでしょうけれどね。技術革新といった場合には、それを実現する技術やノウハウ等に着目していますが、ドラッカーの考えでは、今までなかった製品やサービスで顧客の要望、もしくは潜在的な要望に応えるといった側面に注目しているということです。」
「なるほど。」
「ドラッカーの観点からすると、イノベーションはそんなに難しいことではありません。世の中に存在している財やサービスであっても、いくつか組み合わせてみたり、それまでは使われたことのなかった目的に使われるよう工夫することも、イノベーションになり得ます。」
既存の組合せによるイノベーション:オートチャージ
「例えば?」
「私が一つ着目しているのは、鉄道などの支払いに使える電子マネー(東京ならSuicaやPasmo)のオートチャージ・システムです。」
「なるほど。電子マネーは以前から他にもあった。そしてクレジットカードも、以前から存在していた。しかし両者を組み合わせることで、今までになかった利便性が生まれましたね。」
「そうなんです。東京の、ちょっとした外出なら、お財布を持って出かける必要がなくなりました。鉄道ばかりかコンビニや喫茶店なども、この電子マネーで支払えるからです。」
「オートチャージができたことで、交通系の電子マネーを使う人が増えたでしょうね。」
「そう思います。そして、今までお財布からお金を出して買っていたものを交通系電子マネーで払う人も、増えてきたと思います。」
「顧客を創造した訳ですね。」
「おっしゃる通りです。このように、今まであるものを結びつけることによってイノベーションを実現することもできるのですよ。」
「わかりました。自分なら何ができるか、考えてみたいと思います。」
コラムドラッカーから起業を学ぶ
- 第1回 起業家が最初に考えなければならないこと
- 第2回 ビジネスモデルのブラッシュアップ
- 第3回 顧客との関係を築く
- 第4回 ビジネスパートナーとの関係も築いていく
- 第5回 ミッションとビジネスモデルの関係
- 第6回 なぜ計画を使うのか(前編)
- 第7回 なぜ計画を使うのか(後編)
- 第8回 ドラッカーが勧めたフィードバック
- 第9回 副業を考えた時
- 第10回 ビジネスモデルから体制作りへ
- 第11回 マーケティングを始点とする
- 第12回 競合がないのは良いことか
- 第13回 暗中模索で使うPDCAサイクル
- 第14回 5つの質問で詳細を固めていく
- 第15回 5つの質問から顧客にとっての価値を深掘りする
- 第16回 PDCAのサイクルを臨機応変に設定する
- 第17回 従業員を取り込んだ事業モデルを考える
- 第18回 社会を取り込んだ事業モデルを考える
- 第19回 誰からどのように資金調達するかを考える
- 第20回 マーケティングを始める
- 第21回 なぜドラッカーから学ぶのか
- 第22回 なぜドラッカーから学ぶのか(ユニークな体系)
- 第23回 オペレーションが先か、マーケティングが先か
- 第24回 顧客を創造する方法
- 第25回 イノベーションで顧客を創造する
- 第26回 恐怖によるマネジメントと方向合わせによるマネジメント
- 第27回 マネジメントの方法
- 第28回 人材育成というマネジメント
- 第29回 プロフェッショナルのネットワーク
- 第30回 状況を前提にした戦略を練る
- 第31回 苦労にではなく成果に注目する
- 第32回 マネジメントのシステム化
- 第33回 方向合わせマネジメントで自己管理目標の実現を支援する
プロフィール
StrateCutions (ストラテキューションズ)
落藤 伸夫
(StrateCutions代表)ドラッカー学会会員
中小企業診断士を目指していた平成9年にドラッカーに出会って以来、ドラッカーの著書をいつも座右の銘にしてきました。MBAを取得し、コンサルタントとして活動するにあたっても、企業人が考え行動する基本はドラッカーにあると感じています。ドラッカーの教えは、時には哲学的に思えることがありますが、企業が永らく繁榮するとともに、社会にある人々が幸福になることを目指していると思います。お客さま、社会、そして自分自身の「三方良し」の構図を作り上げることにより起業の成功を目指すドラッカーの知恵を、お楽しみ下さい!
<著書>
『ドラッカー「マネジメント」のメッセージを読みとる』