全日本選手権の優勝経験者でもあるクリナップの前田翔吾選手(右)
国際大会でも活躍するクリナップの田野倉翔太選手(右)
クリナップレスリング部の今村浩之監督
■強烈な個の力と組織力が好影響
キッチン専業大手のクリナップは、1992年にレスリング部を創設し、これまでに男子の五輪代表選手や全日本チャンピオンを輩出するなど、輝かしい実績を残している。男子レスリングは、攻撃を上半身だけに限るグレコローマンスタイルとフリースタイルに分けられ、五輪で常にメダルを期待される日本のお家芸とされる。クリナップレスリング部には両スタイルのトップ選手が所属。2016年のリオデジャネイロ五輪、さらに20年の東京五輪へと、注目を集めそうだ。
◇◆五輪代表も輩出
クリナップレスリング部は当初、主力生産工場のある福島県いわき市を活動拠点とし、福島県代表として国体へ選手を派遣するなど、国内中心の活動を行っていた。00年には所属の宮田和幸選手がシドニー五輪・レスリングフリースタイル63キロ級の日本代表選手に選ばれ、これを機に部の活動も世界を視野に置いた先鋭的なものに変化した。
活動拠点を東京としたほか、選手の雇用形態もそれまでの通常業務との掛け持ちから、トレーニングに専念できる形をとるようになった。04年から所属していた長島和幸選手(男子フリースタイル74キロ級)は、全日本選手権を5連覇し、4年に1度開催されるアジア大会でも銀メダルを獲得する活躍を見せた。
現在所属している男子選手は、前田翔吾選手(男子フリースタイル65キロ級)、田野倉翔太選手(男子グレコローマン59キロ級)の2人。2人とも全日本選手権の優勝経験者であり、国際大会でも活躍するトップ選手だ。同部の選手を経て2代目の監督として、1998年から部を率いてきた今村浩之監督によると、「いずれも2016年のリオデジャネイロ五輪の代表候補といっていい選手」と太鼓判を押す。
2選手が日々の練習場所としているのが、横浜市青葉区にある日本体育大学横浜・健志台キャンパスだ。広大なキャンパスの一角にレスリング道場がある。直径9メートルの円が描かれた青いレスリングマットが2面ある、国内屈指の規模を誇る練習場だ。この道場に、大学生だけでなく企業所属選手や高校生まで、多いときには100人近くの選手が集結し、練習する。
◆日体大で実戦練習
道場での練習は独特で、柔軟体操の後、2時間以上の時間を延々実戦練習(スパーリング)に費やす。道場には2カ所にタイマーが設置され、1分半ごとに区切りのブザーが鳴る。選手は体重の近い相手を選び、ほとんど休みなく実戦練習を続ける。道場にはエアコンと扇風機が稼働しているが、選手たちの汗が瞬く間に水蒸気に変わる。息苦しいほどの熱気と湿度、肉体がぶつかり合う音に包まれた道場は、まるで鉄鉱石を溶かす溶鉱炉のようだ。
選手は早朝にランニングや筋力トレーニングを中心とした午前練習も行っているという。今村監督は「これだけ延々と実戦練習をするのは日体大だけ」といい、「これが日本選手のスタミナの源泉」と説明する。
レスリングは13年の大幅なルール改正で、これまで2分3ピリオドだった試合時間が、3分2ピリオド制となった。休みなく長く動けるほど有利となり、日体大式の練習は極めて有効といえそうだ。
こうした最高の環境で練習できるのも、今村監督はじめ、前田、田野倉2選手がいずれも日体大出身であることが大きい。クリナップレスリング部は選手の獲得から育成まで広範にわたり日体大レスリング部との良好な関係を築き、日体大側も学生の就職先の幅を広げることができるなどウィンウィン(相互利益)の関係を築いている。
選手たちは、決して学生の延長で練習しているわけではない。前田選手は「学生時代は勝っても負けても自分だけのことだった。今は会社の応援に応えたいというのがモチベーションとなっている」という。「会社の広告塔としても役割を果たしたい」と強いプロ意識が垣間見える。
日体大での練習でも、クリナップの選手は居残りでの筋力トレーニングなど、独自のメニューもこなし、才能ある集団の中でも差をつけるべく努力している。
クリナップの井上強一社長も「レスリング部選手のプロ意識を社内で共有してほしい」という。クリナップでは、社内報で毎号レスリング部の動向を伝えており、社内の応援熱を高めている。応援団は企業カラーの赤い法被と赤いスティックバルーンをたたくのが定番で、選手の家族、社員とその家族などが加わり、試合会場の観戦エリアの1フロアをクリナップ応援団が占めることもあるほどだ。応援席の家族や社員の笑顔は「家族の笑顔を創ります」という企業理念と重なるのだという。選手たちが放つ強烈な個の力と、企業の組織力が相互に好影響を与えている。(高山豊司)
「フジサンケイビジネスアイ」