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経営者・人事担当者のための未来系人事情報

第7回目

震災関連情報7

 

今回のコラムを執筆する、有限会社人事・労務の立岡と申します。
このコラムでは、社会保険労務士事務所を母体とした人事コンサルティング会社として、私たちの専門分野である労務管理の視点から見た震災に対しての対応策をまとめております。
経営者の皆様、人事・総務担当者の皆様のお仕事のご参考にしていただければ幸いでございます。

賃金カットについて

Q1.会社の業績が悪く、賃金を下げたいと考えています。賃金を下げる前にやっておくべきことはありますか?
A1.従業員にとって賃金は最も重要な労働条件のひとつです。業績が悪いからといって、簡単に賃金を下げることは、従業員の生活にも支障をきたすものであり、避けなければなりません。企業としてあらゆる回避の方策を取ったうえで、最終の手段として賃金カットに踏み切る必要があります。その事前の方策としては、主に、次の項目が考えられます。
  1. 残業を少なくする・なくす
    業務が特定の従業員に偏っているために残業が発生していることがあります。業務を見直し、一人あたりの業務量を平均化することで、残業を少なくする努力をする必要があります。
  2. 就業規則に賃金カットの根拠を明記しておく
    裁判で賃金カットの有効・無効を争った場合に裁判所はそれを無効とする根拠の一つに「就業規則上に降給の定めがない」ことがあります。賃金カットを行うためには、まずは、就業規則上で明確な根拠を記載しておく必要があります。就業規則上に規定がない場合は、給与規程を改定しておくほうがよいと思われます。
  3. 賃金制度を改定する
    業績や役割で賃金額が上下するような賃金制度に変更し、その制度に基づいて賃金を変動させることは可能です。ただし、賃金制度を改定する際、従来の賃金よりも下がる可能性があるのであれば、同意が必要だと考えます。また、賃金額が極端に上下するような賃金制度に改定しようと思っても、同意が得られないでしょうから、段階を経るなり、経過措置を設けるなどの対応が必要になります。
  4. 経営者の報酬を下げる
    業績の悪化はまず経営者側の責任が問われる可能性が高いと思われます。また、従業員の賃金カットをする前に、経営者の報酬を下げていないと、従業員の納得が得ることは難しいと思われます。
  5. 賞与の額をカットする
    賞与の額について、業績に応じて変動する旨を就業規則等で定めていれば、賞与の額を増減することが出来ます。しかし、賞与の額が固定的に定められている場合は、その定めに従わなければなりません。特に、年俸制で、例えば、年俸は月額の16ヶ月分、そのうち賞与は4ヶ月分というような労働契約を締結して場合には、契約書通りに賞与を支払わなければなりません。このような場合で、賞与額を減らすためは、減額に対して同意を取る必要があります。
  6. 休業・時間短縮を検討する(助成金の活用)
    業績の悪化により仕事量が減った場合には、休業や労働時間を短縮して従業員を自宅待機とすることも検討する必要があります。なお、会社の都合で休業・時短する場合は、休業手当(平均賃金の60%)の支払いが必要になります。その際、中小企業緊急雇用安定助成金(大企業の場合は、雇用調整助成金)を活用すれば、休業手当の一部の助成を受けることが出来ます。
  7. 従業員に十分な説明を行い同意を取る
    労働組合との協議や従業員説明会の開催、個別の面談をするなどして、賃金カットをしなければならない必要性を、業績数字などをもとに説明し、従業員から賃金カットに対しての同意を取る必要があります。
  8. 管理職の給与を下げる
    一般的に、管理職の給与は、一般職に比べ比較的賃金水準が高いと思われます。一般職と管理職の賃金額の差にもよりますが、一般職の賃金を下げる前に管理職の賃金を下げたり、一般職よりも管理職の賃金の削減額を多くしたりするなど、一般職に配慮する必要があると思われます。
    なお、これをやれば、法律に違反することなく、一方的に賃金カットができるというものはありません。上記①から⑧のことをしながら、従業員から同意を取った上で、賃金カットを行うしかありません。
Q2.会社の業績が悪く、賃金を下げたいと考えています。どのように下げたらよいでしょうか?従業員に説明するだけでいいですか?それとも、書面で同意書を取っておいたほうがいいですか?
A2.従業員に十分な説明を行い、書面で同意を取るのが望ましいと考えます。
  1. 十分な従業員への説明
    当然のことですが、何の説明や理由もなく、決められている賃金をカットして支払う場合、カットした分の賃金は、賃金不払いとなり、労働基準法第24条違反に該当します。賃金は最も重要な労働条件のひとつであり、変更する場合には十分に説明と協議をして、合意を得なければなりません。会社を存続し、雇用を維持するために賃金カットをしなければならない事情を業績数字や経営環境などをもとに具体的に説明し、同意を得られるように努力することが求められます。
    なお、実際に賃金を下げるにあたっては、経過措置を設けて段階的に引き下げたり、期間を限定したり、賃金水準により削減額を変えるなど、従業員の生活を考慮することも必要です。
  2. 同意書について
    賃金カットには同意が必要だと説明しました。同意そのものは、口頭でも問題はありません。しかし、トラブルが起こった場合には、言った言わない、聞いた聞いていないの争いになる可能性が高くなると思われます。争いのリスクを少なくするためにも、合意が得られた場合には、書面を取り交わしておく必要があります。書面に記載すべき事項については、対象となる従業員の氏名、変更後の賃金額、変更日、締結日、変更について同意する旨が必要です。なお、変更後の賃金額を記載した労働契約書を取り交わすことで、賃金カットの同意書をすることも可能です。
Q3.会社の業績が悪く、賃金を下げたいと考えています。どのくらいまで下げることができるのでしょうか?
A3.賃金の引き下げの妥当な金額(率)に関しては、法律の定めはありません。

賃金の額については、最低賃金法に定める最低賃金(都道府県別、産業別の決め方がある)以外に法的な規制はありません。賃金は労働契約で決まるものであるため、どのくらいまで下げることができるかという明確な基準があるわけではありません。ですから、従業員からの同意がある限り、最低賃金を下回らない限り、いくら下げても法律違反にはなりません。

もっとも、労働基準法第91条の「減給の制裁」の規定は考慮しなければならないと思います。その規定によると、減給の制裁をする場合は「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」とされています。そのため、業績悪化を理由とした賃金カットをする場合、減給の制裁の上限である10%を超えることは難しく、10%が一応の目安となるのではないかと思われます。これは、10%であればよいということではなく、あくまでも目安であることに注意が必要です。

賃金カットに際しては、むやみに下げるのではなくその必要性を十分に考えて最小限のカットに抑えなければなりません。また、Q8でも述べたように、経過措置を設けて段階的に引き下げたり、期間を限定したり、賃金額によって削減額を変えるなど、賃金が従業員の生活の糧であることも忘れていけません。この点、家計調査等のデータも参考になると思われます。

参考:総務省 統計局 家計調査報告

Q4.会社の業績が悪く、賃金を下げる説明をしましたが、どうしても同意してくれない社員がいます。賃金を下げてしまってよいものでしょうか?
A4.労働条件の変更が合理的なものであれば、例外的に労働者の合意がなくても就業規則を変更し、変更後の就業規則を労働者に周知することによって個々の労働条件を変更することが認められます。
  1. 労働条件の変更には労働契約法に定めがある

    労働契約において、賃金は最も重要な労働条件としての契約要素なので、これを従業員の同意なく一方的に不利益に変更することはできません。労働契約法(第8条)においても、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と定めています。

    しかし、会社が十分な説明をしたにもかかわらず、それでもなお労働者の同意を得ることができない場合は、どうしたらよいのでしょう。労働契約法(第10条)では例外的に労使の合意がなくても就業規則の変更によって、個々の労働条件を変更することを認めています。 それには、次の2つの要件を満たしている必要があります。

    要件1:労働者に変更後の就業規則を周知している。
    「周知」とは、例えば、
    [1] 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
    [2] 書面を労働者に交付すること
    [3] 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に 労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること等の方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいうものとされています。

    ※このように周知させていた場合には、労働者が実際に就業規則の存在や内容を知っているか否かにかかわらず、有効とされています。

    要件2:就業規則の変更が合理的なものである。
    合理性の有無を判断する要素として、次の5つが挙げられています。
    [1] 労働者の受ける不利益の程度
     ⇒個々の労働者が受ける不利益の程度
    [2] 労働条件の変えることの必要性
     ⇒労働者にとって不利益な条件であっても使用者にとっての就業規則の変更より労働条件を変えざるを得ない会社側の必要性
    [3] 変更後の就業規則の内容の相当性
     ⇒代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況や内容自体の相当性など同種事項に関するわが国社会における一般的状況
    [4] 労働組合等との交渉の状況
     ⇒労働組合や事業場の過半数を代表する労働者との交渉の経緯、結果等
    [5]その他の就業規則の変更にかかる事情
     ⇒一般的な諸事情を総合的に考慮すること

    つまり、就業規則(労働条件)の変更については、上記の周知や合理的な変更の要件を満たさないと、無効となる可能性が高いと思われます。また、合理的な変更であれば、必ずしも同意が必要でないということも、労働契約法から読み取ることができます。

  2. 実務的な対応
    賃金カットについて従業員に説明したにもかかわらず、一部の従業員から同意を得られない場合、実務的には2つの対処方法が考えられます。

    1つは、同意が得られた従業員だけ賃金カットを行い、同意の得られなかった従業員の賃金はカットしないというものです。この場合は、同意なしに賃金をカットすることをしないので、賃金の未払いの問題は起こりません。しかし、同意をしてもらった社員から不満が出てくる可能性が高くなります。一日も早く、同意を取り付け、公平に賃金カットが行えるようにしなければなりません。

    もう1つは、同意を得られている否かにかかわらず、一律に賃金カットを行うというものです。この場合、周知が行われ、合理的な変更であれば、上記1より賃金の未払いは発生しないことになります。しかし、合理的か否かの問題は、裁判所で判断される話であり、通常の労務管理の中で、判断できる話ではありません。また、従業員が合理的でないと判断し、労働基準監督署に駈け込んだり、裁判に持ち込んだりすることは、十分、あり得る話です。賃金未払いリスクに関しては、第8回のQ11、Q12で説明をしますが、裁判に負けた場合には、遡って未払い分とされた賃金を支払わなければなりません。同意が得られないまま、賃金カットを行わざるを得ない場合は、これらのリスクを十分理解する必要があります。また、最終的に同意を得られなかったとしても、どれだけ誠意をもって努力したかどうかが、後に裁判になった時には重要になります。Q7で掲げた項目は、できる限り、行っておくべきです。

    また、このようなリスクを抱えるのであれば、話し合いによって同意による退職をしていただくことも選択肢の一つだと思います。ただ、この場合、何らかの金銭を支払わざるを得ないのではないかと思います。さらに、賃金カットを受け入れるか、受け入れられないのであれば辞めてもらうというような選択を迫るようなことは、実質的な解雇と判断される可能性が高くなります。解雇になれば、さらに大きなリスクとなるので、避けるべきだと考えます。

    ※補足1:労働契約において、契約更新条項が「契約の更新をする場合がある」とされている場合など、契約の更新について明示はあるが契約更新の確認まではない場合がこの基準に該当します。
    ※補足2:給付制限を行う場合の「正当な理由」に係る認定基準と同様に判断されます。

    参考:https://www.hellowork.go.jp/insurance/insurance_range.html#jukyuu

    その他、震災の影響下における労務管理について情報はこちらをご参照ください。

このコラムは

  • 御社の社内での人事対応資料としてお使いください。
  • どうぞご自由にコピーをしてお使いください。
  • 内容に関しご質問がありましたら弊社までお問い合わせください。

ぜひ、本情報を被災地の方々にもお伝え頂ければと思います。
また、この件でのご質問に関しては、電話、メールにて無料でお受けしております。
(すでに多くのご質問をいただいております関係でご返事に多少お時間をいただく場合もございますが、ご了承ください。)

少しでも早く日本の社会が望みある未来へ向けて動き出せるように、心よりお祈り申し上げます。
(当レポートは平成23年4月8日までに発表された情報をもとに作成しております)

第7回コラム執筆者

立岡 直樹(たちおか なおき)

立岡 直樹(たちおか なおき)

有限会社人事・労務 チーフコンサルタント
社会保険労務士
大東文化大学外国語学部卒。フラワーデザイナー、教育業界を経て社会保険労務士資格を取得。主に中小企業の組織改革・人事制度を中心に現場重視のコンサルティングを行う。
特に大学の講師を務めた経験を生かしたコンサルティングは現場の視点で分かりやすく語られると定評がある。また、リーダー教育のためのアセスメントを中心としたアドバイザーを担当。社員参加型の組織改革プロジェクトの推進に精力的に活躍する。中小企業向けの助成金セミナーや年金問題をテーマとしたセミナー等講師の実績も多数。

URL:http://www.jinji-roumu.com

 
 

プロフィール

有限会社人事・労務

現在社長を務める矢萩大輔が、1995年に26歳の時に東京都内最年少で開設した社労士事務所が母体となり、1998年に人事・労務コンサルタント集団として設立。これまでに390社を超える人事制度・賃金制度、ESコンサルティング、就業規則作成などのコンサルティング実績がある。2004年から社員のES(従業員満足)向上を中心とした取り組みやES向上型人事制度の構築などを支援しており、多くの企業から共感を得ている。最近は「社会によろこばれる会社の組織づくり」を積極的に支援するために、これまでのES(従業員満足)に環境軸、社会軸などのSS(社会的満足)の視点も加え、幅広く企業の活性化のためのコンサルティングを行い、ソーシャル・コンサルティングファームとして企業の社会貢献とビジネスの融合の実現を目指している。


Webサイト:有限会社 人事・労務

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