海外進出企業の国際税務入門

第7回

ローカルファイルを完備して移転価格調査対策を万全に

山中 一郎 2017年12月1日
 
知識は力なり。どういう知識を持ち、それを活用したかが成功の鍵を握ることはよく起こりますが、海外進出企業にとっての、国際税務の知識も例外ではありません。特に、海外子会社等との取引価格設定に係る移転価格税制に関する知識の有無は、会社のビジネスに大きな影響をもたらします。

海外に子会社をおくA社とB社。A社の経営陣は、移転価格税制の重要性を認識し、経理部門だけでなく、営業部門、海外部門など関連部門も巻きこみ、全社レベルで対策をしています。海外子会社との取引価格設定も税制に準拠し、移転価格文書化も完璧です。一方、B社は、経理部門の進言には耳を傾けず、税制度外視の価格設定を行い、文書化には手をつけていません。

さて、税務当局の移転価格調査が行われたらどのような違いが生じるか。A社は直ちに作成してあった移転価格文書を税務調査官に提出し、それをベースに移転価格の妥当性についての議論を有利に推し進めることが可能です。その結果、追徴課税のリスクや、調査に係る人件費や専門家費用も抑えることができるでしょう。

一方、B社は税務調査官に要請された期日までに移転価格文書を提出することができず、後述の推定課税や同業者調査の結果、多額の所得更正を受けて、移転価格調査が終了してしまう恐れがあります。追徴税だけでなく、調査対応にかかる人件費や専門家費用も多額になり、税引後利益が大きく減少する可能性は否定できません。

移転価格税制に関する知識があったか、その重要性を認識し、十分な対策を行ったかどうかが、ビジネスの成否を決定づけるのです。


移転価格税制対策-どの企業グループが、いつまでに、どんな移転価格文書を?

●連結総収入1,000億円以上の多国籍企業グループ

当該グループの最終親会社(究極の親会社)は、会計年度末より一年以内に、「国別報告事項(CbCレポート)」、及び、「マスターファイル」をe-Tax(国税電子申告・納税システム)により税務当局に提供する必要があります(平成28年4月1日以後に開始する最終親会社の会計年度より適用)。また、1つの海外子会社等との取引について、前事業年度の取引が50億円以上、または、前事業年度の無形資産取引の合計金額が3億円以上である場合は、当該取引に係る「ローカルファイル」を確定申告書の提出期限までに作成しなければなりません。

●連結総収入1,000億円未満の多国籍企業グループ

当該グループについては、「国別報告事項(CbCレポート)」と「マスターファイル」の提供義務が免除されています。ただし、海外子会社等が所在する外国の法令によりマスターファイルの作成が必要となる場合がありますので、注意が必要です。

また、1つの海外子会社等との取引について、前事業年度の取引金額(受払合計)が50億円以上、または、前事業年度の無形資産取引の合計金額(受払合計)が3億円以上である企業は、当該取引に係る「ローカルファイル」を確定申告書の提出期限までに作成しなければなりません(同時文書化義務という。平成29年4月1日以後に開始する事業年度より適用)。

注意すべきは、海外子会社等との取引金額が上記に定める金額以下で、この同時文書化義務が免除されている企業です。この場合でも海外子会社との取引がある限り、税務調査時にローカルファイル相当資料の提出・提示が求められる可能性があります。


ローカルファイルが提出できない場合の“ペナルティ”
ローカルファイルは、その同時文書化義務がある場合には、税務申告書の提出期限までに作成し、税務調査で要請があった場合には、調査官が指定する45日以内の期日までにそれを提出する必要があります。同時文書化義務がない場合でも、税務調査で要請があった場合には、調査官が指定する60日以内の期日までに、ローカルファイル相当資料の提出が求められます。

もし、期日までに提出ができなかった場合、税務調査官は推定課税、または、同業者調査をすることができます。推定課税とは、税務調査において、調査官が納税者の内部情報ではなく、独自に入手した外部情報により算定した結果を使って所得を更正し、追徴税を課すというものです。同業者調査とは、税務調査対象の企業の同業者に質問検査を行って得た情報をもとに、所得を更正して追徴税を課すというものです。いずれも、調査官側に有利に議論が展開し、企業側は的確に反論できないまま所得の更正を受けざるを得ないという状況を生み出します。


移転価格調査が入ってからでは遅すぎる
大企業に対する移転価格調査は一巡し、国税当局は中堅の海外進出企業に対する調査に舵を切った感があります。同時文書化義務がある企業の場合はもちろんですが、それがない場合でも、ローカルファイル相当資料などの移転価格文書を整備しておく必要があります。なぜなら、調査が入ってから作成にとりかかるのでは、遅すぎるからです。

ローカルファイル相当資料の作成は、前提として、海外子会社との取引に係る移転価格設定方針をまとめておかなければなりません。よって、経理部門だけでなく、営業部門、海外事業部門の関与も必要です。また、ローカルファイルは、海外子会社取引における価格が、税法に準拠した「独立企業間価格」であることを立証するための書類です。第三者と同様な取引があれば、その立証には比較的時間がかかりません。しかし、第三者との同様な取引がない場合、事実分析、産業分析、機能分析、経済分析を行って、海外子会社等との取引価格が独立企業間価格であることを証明する必要があります。以上を考えれば、税務調査官の要請に基づき、60日以内に調査官を納得させられるような文書の作成を完了することは、かなり難しいと言えるでしょう。よって、今すぐ移転価格文書化に着手することが望まれます。

以上
 
 

プロフィール

朝日税理士法人
公認会計士・税理士 山中 一郎


朝日新和会計社(現あずさ監査法人)退職後、現在は朝日税理士法人代表社員および朝日ビジネスソリューション株式会社代表取締役。


国際税務業務、海外進出支援業務の他、株式上場支援業務、組織再編、ベンチャー支援等 の税務・コンサルティングサービスを行っている。


主な著書: 「図解&ケース ASEAN諸国との国際税務」(共著/中央経済社)、「図解 移転価格税制のしくみ 日本の実務と主要9か国の概要」(共著/中央経済社)、「なるほど図解M&Aのしくみ」(共著/中央経済社)、「事業計画策定マニュアル」(共著/PHP) など多数

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